男勝りがなんだ、口が悪いのがなんだ。女らしくない? 上等だ。私はそう思いながら、とある男子を見下ろしていた。
ひと気のない校舎裏でつい数分前まで行われていたのは、青春真っただ中の甘酸っぱい告白劇。
私の友人が別クラスの男子を呼び出し、今時珍しく対面で告白を行ったのだ。どんな結果になっても、と決意を固めたその子を、2人の友人たちと見守っていたのだが――男子の放った一言で、その場は問答無用の修羅場と化したのだ。
「――じゅんにか。罰ゲームだろ、くり」
カッと頭に血が上って飛び出した私は、泣き出す友人を背に隠してその男を張り倒した。馬乗りになって追い討ちをかけようと思ったが、振り上げた拳は後から飛び出してきた友人たちに止められてしまったので未遂に終わったが。
「ふりむん! このくすいきが! それでも人間か!!」
殴ってやりたい。ろくに聞きもしないで人の恋心を馬鹿にして。
怒鳴りつけると、男は私を突き飛ばして一目散に逃げて行った。本当にクソ男だ。
とはいえそんなクソ男に告白した友人を前にそんなことを言えるわけもない。私はただただ、友人たちと抱き合って彼女を慰めた。
――ということが2年ほど前にあり。
その男のせいなのか知らないが、私は以降「男勝りの暴力女」として名を馳せている。その汚名のせいなのかは知らないが、彼氏ができたことはなく。私に話しかけてくる男もあまり多くはない。
(別に、彼氏とかいらないし。……いらないし)
苦し紛れに心の中でそう呟く。正直言うと本当は欲しい。とはいえ好きな人なんてものはいないし、そもそも汚名のせいで男子とろくに関わったことがない。
友人たちは皆、気になる人や彼氏を作って盛り上がっているのに、私ときたら浮いた話の一つもない。『彼氏』を作る前に『彼女』を作るんじゃないかと言われるくらい。あまりに安易すぎないか、それ。
「、やーそこの荷物頼んださぁ!」
「……はぁ!?」
「やーは男勝りだし怪力やっし、余裕だろ! ぎゃはは!」
私の返事を聞くまでもなく、クラスの男たちはげらげらと品のない笑いを響かせて去って行った。
(あの男ども、じゅんにクズばっか)
ぽつりと廊下に残されたのは、私と段ボールが二つ。ちらりと中をのぞけば、段ボールの中にぎっしり詰められた用途不明の紙の束。
(いや絶対重いじゃん。どう考えて重いじゃん)
そう思うけれど、授業開始まで時間はない。一つ一つ運んでいては、間に合わないこと必須。私は覚悟を決めて段ボールを縦に積み上げ、持ち上げた。
(おっも!!)
踏み込む一歩一歩が、自重と箱の重さで地響きしそうなほどに重く感じる。指定された場所は教室6つほどしか隔てていないにしろ、重さを考えるとフルマラソンくらい遠い気分だ。それでも踏み出さなければ距離は縮まらない。私は息を吐きながら懸命に一歩ずつ踏み出した。
(女扱いされていれば、こんなこともないのかなぁ)
考えるだけ無駄、そう思っても思わずにはいられない。
段ボールに視界を遮られているのをいいことに、私ははぁ、と大きなため息をついた。
「やー、ひーじー?」
段ボールにさえぎられていた視界の上の方、段ボールより高い位置から、ぬっと人の顔が出てきて、私はびくりと肩を震わせた。
深いえくぼに、こけた頬。前髪だけ白い不思議な髪は、どこかで見覚えがあったけれど――それよりも驚いたのは、立っているだけで私を見下ろすその身長の高さだった。まさか上から話しかけられるとは思わず、私はぎこちない返事を何とか喉から絞り出す。
「え? あ……ひ、ひーじー……」
上からの威圧感に、思わず一歩後ろに下がる。
重いものを抱えて前に進んでいた感覚は覚えていたけれど、後ろに下がるのは想定外の動きで――ぐらりと、重さで後ろに倒れそうになった。
「おっと」
後ろから抱き留められ、後ろにいた人と段ボールにはさまれた私は、圧迫感に息を詰まらせた。
すると、手の中にあった段ボールを後ろからひょいとさらわれて、腕にかかっていた重みが驚くほど消え去った。驚いて顔を上げながら振り返れば、さらりとなびく金髪の毛先が躍っていた。
「やー、よくくんな重いもんもってたばぁ」
感心するような声音の主は、3年2組の平古場くんだった。私よりも頭半分くらい背が高いだけなのに、私と段ボールを支える胸や腕にはしっかりとした筋肉がついているのか、少し硬くてたくましい。
段ボールを二個抱え上げていた平古場くんは「知念、やーひとつ持てや」と声をかけ、先ほど前方からのぞき込んできた男性に顎で小さく合図する。
視界を埋め尽くしていた段ボールがひとつなくなり、視界が開けると――目の前にいたのが6組の知念くんだとわかる。なんでテニス部の二人が、とか考えたけれど意味のない言葉だ。なんて言っていいか迷っていると、段ボールと自分の胸の間に私を挟み込んでいた平古場くんが、訝し気にこちらをのぞき込んでいた。
「他の連中に押し付けちまえばいいだろ」
「そう、なんだけど……」
「女にくんな重いもん運ばせる奴なんて、センコーにチクっちまえ」
『女に』。平古場くんは特に意識なく言ったのだろうけど、私にとっては2年ぶりくらいに聞いた言葉のように感じられて――不覚にも、ドキッとなんてしてしまった。どう考えてもプレイボーイみたいな見た目の男に言われて、これでもかというくらいお世辞の状態なのに。
「……なに照れてるんばぁよ」
「え? いや、別に……」
「はは、真っ赤やし」
「……凛、笑うのはよくないさぁ」
知念くんの制止も聞かず、平古場くんはカラカラと笑っている。
「たまにはそうやってしとけばいいあんに」
「へ?」
いたたまれなくなって腕の中から逃げだそうとすると、彼は段ボールを引き寄せて私を挟み込んだ。
「赤くなってるやー、かーぎーやっさ」
変な汗がぶわっと出そうになったのを、懸命に堪えた。こんな近距離でこんなことを入れて、落ちない女なんているのだろうか。
ここ数年忘れていた感覚に、衝撃を受けた3年の5月。ここから卒業まで、果たしてどうなっていくのか――わからないが、一つだけ覚えたことがある。
平古場凛がイケメンと言われる、その理由だった。