「……キスって何味」
「……は?」

 私の眉間に皺が寄った。その原因である目の前の彼は、特徴的な長い前髪でどんな顔をしているかさっぱり分からない。

「突然何よ」
「……だから、キスって何味」
「そんなことアンタに教え込んだの誰!!」

 姿の見えない犯人を思い浮かべながら、私は拳を握りしめた。ある意味で純粋無垢だと言っても過言ではない水地に変なこと吹き込んだやつだと私の内心の怒りが収まりきらない。

「カニとアフロが話してた」
「よしシメる!!」

 あいつ等は小学生か!!と内心でツッコミを入れ、とりあえずカニとトビオへ鉄拳制裁する準備をしておくとして、歩きだそうとした私の手首で引き止められた。ガクンと視界に急ブレーキがかかる。

「今度は何?」
「……別に、あいつ等なんて放っておきなよ」

 意味が分からず首を傾げた私と、手首を掴んだまま黙り込む水地の間に沈黙が流れた。

「……ねぇ、君は何味だと思う」
「キスが?」
「そう」
「…………さぁ」

 皆目見当のつかない私は曖昧に言葉を濁した。ここで唾液の味じゃないの、なんて女性として品格が疑われるのも難なので口を閉じる。

「…………」

 私の回答が不満なのか、気になることが解決せず不完全燃焼なのか、不服そうに黙り込んだ。
その拗ねたような様子が彼にしては珍しく可愛らしく見えたので、私は笑う。

「拗ねない、拗ねない」
「……拗ねてない」
「仕方ないって。私だって知らないし」
「……なら知れば?」

 聞き返す間もなくされた、触れるようなキスに私は呆気にとられたが、されて嫌だとは思わなかった。私は照れて口に手を添えて呆然と彼を見る。暫く『キスの味』とやらを吟味した彼の、ちらりと前髪の隙間から覗いた眉間には皺。

「……苦い」
「そりゃあ……さっきリップクリーム塗ったもん」
「……最悪」

 吐き捨てるように呟いた水地が私はあまりにおかしくて、彼に背を向けて肩を震わせた。

もう一回

(少し悔しそうな彼は、私の口をティッシュで荒っぽく擦ってそう言った)