「……何それ、死んで来たの?」
「黙れ」

 5時間ぶりに何時もの橋下の河原にて会った野田は、顔の左側に大きな痣をひっつけていた。
 治りかけの様子からして一辺死んで、再生してきたばかりなのだろう。心なしか体の右側もなんだか形として不自然だ。右側粉砕骨折でもしない限りそうならない。

「あ、分かった。本部の部屋の前の罠だ」

 ぽんと手を叩くと、彼はちっと舌打ちをした。図星か。
 左側からハンマー飛んできて左頬の痣が出来、右に投げ出されて右肩から着地したから粉砕骨折、といった算段だ。意外とエグいことになるのを私は最近知ったばかりだが。

図星をつかれて何も反論できなくなった野田が無言で素振りを始める。暇になった私は、手元の短刀を弄びながら傍にある大岩に腰掛けてその様子を見ていた。

「で、何かあったの?」

 素振りをしながら野田は面倒くさそうに答える。

「新入りだ。ゆりっぺに反抗的ないけすかない奴だった」
「新しい人なら訳も分からずそうなるのが普通じゃないの?」
「知らん」

 ずっぱりと言い切るとまた無言になって彼はひたすら素振りをする。……もう十分あるにも関わらず、これ以上筋肉つけてどうするつもりなんだろう、この人は。

「ちなみに名前は?」
「覚えていない」
「なんで覚えないのかなぁ……」

 野田は認めた……もしくは気に入った人間しか名前を覚えない。
 つまり新人さんは名前を覚えられない程度には野田にとって受け入れがたい人物なのだろう。気持ち分からないこともないが、人間関係を築いていくにしても致命的すぎないだろうか。

そこで、ふと気付く。

「ねぇ、野田」
「なんだ」
「私の名前、覚えてる?」

 黙った。素振りも止めて、額の汗を手の甲で拭ってからこちらを見た。
 私は膝に肘付いて顎を乗せた体勢のまま微塵も動かないで野田を見返した。

「……何故そんなことを聞く」
「いいからいいから」

 にこりと笑って返すと、彼は不服そうに眉間に皺を寄せてから顔をそむけ、私に背を向ける。

「……

 覚えていた。それはつまり、野田は私を認めている……または気に入っているということだ。自然と頬が緩む。
 野田がこちらを見た。にやにやしている私の顔を見て、さらに眉間に皺を寄せる。

「なんだ、気持ち悪い」
「いやいや、覚えてたんだなーって思って」
「……まぁな」

それ以上、野田は何も言わなかったが、私にはそれで十分だった。

知ってる

(にやにやせずにはいられないね)