Write//K様


 それは、一本の電話から始まった。


 時計の針は、早朝9時を指していた。
 一般的には早朝なんかじゃないかもしれないけど、夏休みを満喫してるあたしにとっては早朝だ。とてもビックリするくらいの早朝だ。(だって寝たの7時前だし)

(……うるさいなぁ、)

 時計を確認して一度は布団に頭から潜ったものの、ぴこんぴこんとスカイプ特有の通知音を鳴らし続けているスマートフォンに根負けして喧しい原因へと手を伸ばし(もちろんベッドから出たのは腕だけだ)シュっと効果音がつきそうなほどの素早さで布団の中へとそれを引きずり込む。
 そして、たぶんお兄ちゃんかお姉ちゃんだろうと画面もろくに見ずに通話のボタンをタップし、小さな機体を耳へと押し当てる。

「……ふぁい」

 まだまだ身体は寝ていたようで、呂律の回らない声が出た。
 ちょっとだけ「ああ、まだ起きてないのバレたなこれ。叱られるかな?」と思ったけど、出てしまったものはしょうがない、甘んじてお説教を受けるか、何て思った――その時。

”……え、な、なっ、何今の……!ちょ、も、もっかい……!”

 フゴッという奇妙な音に続いて、なんだかテンションの高い上ずった声が録音したいと繰り返している。
 ――これは、お兄ちゃんでもお姉ちゃんでもない。

(わぁ……朝からテンション高いなぁ。オール明け?)

 小さく欠伸を噛み殺して、耳からスマートフォンを離し、通話の相手を確認する。
 ダサい眼鏡のアイコン――うん、やっぱドナだ。

「なに、どな。どしたの?」

 再び耳に押し当てて問いかければ、ガチャガチャというウルサイ機械音に混ざってドナテロの声が響いてくる。

”あ、あの、朝早くに悪いんだけど、ちょっとお願いがあって……”

 助けてほしいんだ、と言う声に、あたしはガバっと布団を跳ね上げて文字通りに飛び起きた。

「え、な、何!?どしたの?風邪?病気?怪我?まさかまたあの変な男達が!?」

 助けられてばっかりのあたしが出来ることなんてたかが知れてるけど、それでも、少しでも彼の助けになるならとまだ起ききってないらしい足を必死に動かしてデスクへと向かう。
 転がり込むようにチェアに腰を下ろし、行儀悪く足でパソコンのスイッチを次々に入れこの間作ったばかりのハッキングソフトとかなんかそういうものを起動させ――た、ところで。

”ち、違うよ!そういう意味じゃないんだ!”

 風邪でも怪我でも病気でもフット軍団でもないんだ、と慌てた声が返ってきた。
 その言葉に「ああ、ドナは無事なのか」と体中の緊張が抜け、再び一気に眠気が襲ってくる。だめだ、これ、チェアで寝そう。

「えー、じゃぁなに?朝ごはんだったらラファのほうが上手に作るじゃ……ふ、ぁ」

 最後は欠伸が混ざった。
 向こう側で「ああ…カメラに切り替えて置けばよかった!」なんてとんでもないことを言ってる声がした気がしたけど、まぁ、その辺はあとからレオに叱ってもらおうそうしよう。

”ご飯じゃなくて……その、ふ、服を借りたいんだ”

 出来れば、君がもう不要になった衣服を譲ってもらえるとありがたいんだけど。
 そう、ちょっとだけ言いづらそうに続けた彼の言葉に、閉じかけていたあたしの目がパチっと開いた。

「服?」

 あたしの服。
 確かにもう長いこと着ていない服もあるし、お姉ちゃんからのお下がりとして回ってきた服は完全に「タンスの肥やし」になってるから、それを譲るのは一向に構わないのだけど。

(ちょっと待って)

 あたしは同年代では至って平均的な身長の人間で――ドナは、7フィート近い巨体の亀だ。
 いくら細身とは言え、それはいかにもゴリラなラファやレオと比べたらなだけであってその辺の男性――例えばうちのパパなんかと比べたら、余裕でムキムキマンに分類される体躯をした、亀だ。
 亀の、ミュータントだ。

 そんな彼が、あたしの服をほしがる?

「……あたし、女装趣味のボーイフレンドは、ちょっと……」

 ――途端。
 半泣きになってしまったドナの代わりに説明してくれたレオの言葉に納得をしたあたしは、ドナへの謝罪もそこそこに(一応ごめんとは言ったけどドナに届いたかどうかは不明だ)スマートフォンを放り出してクローゼットへと駆け出した。

「待っててね、小鳥ちゃん!」

 自分でも頬が緩んでるのが分かるくらいには気分が舞い上がってたこの時のあたしは、すっかり忘れてたのだ。
 あたしの”トモダチ”がいる、その場所のことを。


******


「……ほ、ほんとに女の子だ……」

 しかも、めちゃくちゃかわいい。  ただ、まぁ、元が”小鳥”だったから腕は翼そのものだし(手はあったけど)足も鳥だし――まぁ、なんて言うか、いたるところが人間と違うけど。
 でも、めちゃくちゃかわいい。

「あ、こんにちは」

 おまけに、喋った。喋った!
 この間まではチチチって鳴いてるだけだったのに、喋った!

 レオの言ったとおりに、あたしの小さな友達は女の子に進化していた。

 なんやかんやでいろいろあってミュータンジェンをかぶってしまったようで、その結果としてヒトに近い身体を手に入れたとのことだ。
 きっと鳥の時から仲間内では美人だったんだろうなって分かるほどのこの可愛さは、隣に突っ立ってる赤いマスクのゴリラ亀の効果もあって物凄い引き立てられてる。
 ほんと、美女と野獣ってまさにこれだわ。
 まぁどっちも人間じゃないし、この配役だとラファの呪いが解けたら亀に戻っちゃうからそのあたりは深く考えないことにするけど。

 いや、もう、ミュータンジェンってばすごいアイテムじゃん。マジやばい。

「はい、今の気持ちを一言でどうぞ」
「マジやばい」

 エアマイクを向けてくれたマイキーにそう答えると、彼はケラケラと声を上げて笑った。

「だよねー!まさかミュータントになっちゃうとは思わないもんねー!」
「思うわけないじゃん!?」

 目線が変わらなくなった美少女(鳥)に「あたしのこと覚えてる?」と問いかけると、笑顔で「もちろん!」と返してくれたのであたしの興奮は更に高まった。

(後で写メらせてもらわなきゃ……この可愛さなら誰かに見られても「コスプレだよすごいでしょ」でいけるしむしろツイッターで拡散したいくらい!)

 なんてことを思っていると。
 マンホールから荷物持ち兼説明係をしてくれたレオに持たせっぱなしだったたくさんの袋へ興味深そうに視線を送ってる小鳥ちゃんに気付き、朝っぱらからここへ呼ばれた目的を思い出す。

「その足じゃちょっとジーンズは穿けないね……あと、袖があるのも無理かな?」
「そうだね、袖を切り落としても構造的に無理だろうね」

 うーんと唸るドナと二人で「自家製羽毛があるから寒くはないだろう」と判断を下して紙袋を選り分ける。

「ホルターネックの方が着やすいかなぁ?」
「ほるたーねっく?」
「これこれ、こういう風に首の後ろで結ぶだけだから腕の翼とか気にしなくていいかなって」

 もしくは、肩を結ぶタイプのワンピやチュニック。
 次々に袋から引っ張り出しては広げて小鳥ちゃんに宛がう。

「か……かわいい。これちょっとやばいんじゃない?」

 てんで分かってないようで首を傾げては着方を覚えるだけの小鳥ちゃんにそっと悶えてると、袋を覗き込んだレオが「お前の持ち物にしてはやけにひらひらしてるな」と物珍しげな声をかけてきたので、それに「まぁね、お姉ちゃんのお下がりだし」と答えると納得したように「兄弟間でも好みは違うからな、姉妹間ならさらになんだろうな」と一般的な答えをくれた。
 そんな常識を持った亀のレオ曰く「女性間の装飾類の好みの価値は天と地ほど違う、とエイプリルから学んだ」とのこと。

 ほほう、と頷きつつ。
 この夏の流行だ、とお姉ちゃんが押し付けていったベアトップのワンピースを物珍しげに見詰めている小鳥ちゃんへと視線を戻し。

(まずは好み云々より女の子の服を着ることに慣れてもらうのが先かな。いつまでもこのサイズの合ってないわ汚いわの男物のTシャツを着せてるわけには……ん?)

 ここには、ガイズとスプリンターさんしか住んでいない。
 赤っぽい色合いからして、これはラファのものだろうってのは分かる。
 問題は、この服を――どこから手に入れたか。

(待って、このよく見たらドン引きするくらい汚い服、どっからきたの)

 ガイズの資源調達は、ドナによる通販と(その資金はもちろんドナが稼いでいる)あとは――

「小鳥ちゃん今すぐそれ脱いで!」
「え、えっ?」

 翼の中に顔を出している手のひらに「マッハでこれに着替えて!マッハで!」と、一着のワンピースを押し付け、レディの着替えだから出て行けと4つの甲羅を押す。(ラファがすんなり出てくれた上にマイキーを引き摺ってってくれたから楽に済んだ)

 お着替え中の小鳥ちゃんに背を向けるように立たせて、あたしは見上げるほどにデカいガイズの前で腕を組む。
 あれだ、仁王立ちと言うやつだ。
 たっぷり1フィート以上は身長差のある奴に睨まれても怖くはないだろうけど、それでもそっと背筋を伸ばしてくれたガイズに、あたしは遠慮なく声を荒げた。

「下水道で!拾ってきた!服を!女の子に!着せるな!!」
「え、いや、だって」
「だってじゃない!なんでそこだけ常識ズレてんのよ!」
「す、すまない……」

 確かに下水道は彼らの生活圏内かもしれないけど、それは置いておかせてもらう。

「せめて着せる前に洗濯くらいきちんとしなさいよ!てゆかアンタらの服も!」
「してるよ!?……2週間に1回くらいだけど」
「……に、にしゅ……」
「ぼ、僕はっ、君に会う前にきちんと洗ってるよ!?シャワーも浴びてるし!」

 マイキーの返答に思わず半歩下がった姿を見て自分は違うと言いたかったのだろうけど、会う前だけじゃなくて毎日洗濯して毎日シャワーを浴びてほしいんだけど、とジト目で返してやった。

「しゃーねぇ、洗濯板増やすか」
「……は?え、何を増やすって?」

 洗濯板だよ、洗濯板。知らねぇのか?
 そう、あっけらかんと言い放ったラファにあたしは軽い眩暈を覚えた。

「なんで洗濯板なの……洗濯機は?」
「そんなもんねぇぞ?」
「この家にはなんでそういうものがないの……」

 もういい、あたしが洗濯機を買ってきたほうが早い。
 どうせここにはないだろう女の子用品のアレコレも買ってこよう。
 絶対業務用石鹸とかそんな感じのもので身体も洗ってるだろうし。

「2時間で戻ってくるから、2時間後にラファはいつものマンホール下で待機」
「ちょ、何勝手に決めて……」
「これ以上アンタの小鳥ちゃんに汚い服着させないためなの。わかった?」
「……おう、」

 赤はヨシ。

「レオは今すぐ小鳥ちゃんのためのスペースを作ること」
「は?」
「まさかの服床に置けって言うんじゃないでしょうね?」
「……わかった」
「ボクは何したらいいー?」
「レオの手伝い。邪魔したりサボったりしたらエイプリルさんにあることないこと言ってやる」
「やめて!?」

 青とオレンジもヨシ。

「僕は……」
「あたしが戻ってくる前に洗濯機配置のための下準備を終わらせてること」
「に、2時間で!?上水道も引かなきゃだし排水もだし電気だって……そ、それはさすがに無理だよ!」
「やんなきゃあのことレオにバラす。ドナがあた……」
「やります」

 紫もヨシ。

 すぐさま「あのことって何だ!?ドナお前何したんだ!?」とお兄ちゃんスイッチの入ったレオに「なんでもない!なんでもないから!まだ何もしてないから!」と必死に首を振るドナを置いて、あたしはうまく肩紐が結えなくて困っている小鳥ちゃんの許へと戻る。
 この羽毛がなかったら絶対に画面の向こう側にいるようなそんな可愛さの小鳥ちゃんは、あたしが断念していたお姉ちゃんのお下がりのワンピをこともなく着こなしている。いや、ちょっと鶏の足みたいなトコあるから違うかもしれないけど。

(汚い服を脱ぎ捨てて可愛いお姫様に……これ、まさにアレじゃん)

「ねぇ、私何するの?」
「ん?ああ、シンデレラはカボチャの馬車で待ってたらいいの」

 きょとんと首を傾げる小鳥ちゃんの肩に大きなリボン結びを作りながら、にっ、と笑う。


「働くのは、魔法使いのシゴトなの」

Afterword//K様

ドナはネット株とかなんかそういうので稼いでると思ってる。
小鳥ちゃんの性格・口調が違っていたらすみません…!


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