Write//K様
ハァイ、ガイズ。 いつもの呼びかけは、口から出る前に喉の奥に閉じ込められた。 慌てて入口手前の壁に張り付くようにしゃがみこんで、うっかり音を立てないように自分の口を両手で塞ぐ。 ……いや別に、フット軍団がいたとかラファとレオが家具破壊しつつの大喧嘩をしてたとかの緊急事態ってわけじゃない。(前にすごい喧嘩してて家の中ボロボロになった時はほんと怖くて泣けたんだよね。ドナとマイキーが飛んでくる家具とかから庇ってくれたし、何よりお散歩から帰ってきたスプリンターさんが尻尾一つであの赤と青の亀を縛り上げてくれたから助かったけど、あれは二度と遭遇したくない出来事の1つだ) ほんと、そんなんじゃないんだけど…… 「えー、絶対エイプリルだって!」 ボクの彼女が一番キュートに決まってる! そう、声高らかに宣言してるマイキーのせいで、なぜか動けなくなってしまったのだ。 「……またそれか」 「あー!ラファこそまたその言い方!」 呆れた声のラファに、きっと頬を膨らませてるだろうマイキーの声が被さる。 ……まぁ、ここからじゃガイズの顔とか見えないから全部声からの想像なんだけど。 「ほら、よく見て!エイプリルのこの完璧さ!」 顔はもちろんだけど、スタイルもいいし髪も綺麗でいい匂いするし、頭もいいし行動力も度胸もあるっていうクールなとこまであるんだから!キュートとクールを一緒に持ってるのなんて、エイプリル以外いないって! (……まぁ、それはそうかもしれない) まるでぼっちミュージカルのように、浮かれた口調でエイプリルさんの素晴らしいところを語りだすマイキー。 うん、確かに。 エイプリル・オニールと言う人物はこの間の”NY女子アナで一番美人なのは誰だ”っていうミスコン的な奴で大差をつけて優勝を掻っ攫うような美人レポーターだし、あのフット軍団の参謀だったサックスを出し抜いてさらにリーダーにキックぶちかますような根性も持ち合わせている、ほぼ完璧な女性だ。 まぁ、フット軍団どうのこうのは知られていないとしても、彼女が勇気にあふれているのは犯罪現場の突撃リポート的な映像がニュースで取り上げられる度に、ニューヨーカーに知れ渡っているんだけど。(だから最初にフット軍団とのやり取りを聞いたときも「ああ、この人ならやりそうだ」って思ったし) なんて、ちょっと考え事に耽っていると。 「じゃぁ、ラファは誰が一番可愛いと思うのさ!」 「はぁ!?」 唐突に振られた話題に、ラファの声が裏返ってる。 (いやまぁ、そりゃいきなり女の子の下馬評付けろとか言われても困るよね……特に、ラファなんて) しばらく「オレ様がなんでそんなことしなきゃなんねーんだ」「いいじゃん答えてよ!」「めんどくせーだろ」「えーなんで!ヒマじゃん!ラファいまめっちゃヒマじゃん!」「うるせぇ!」ってやり取りが続いて、すぐさまゴツンと言う鈍い音がした。 (あー、マイキー、いたそ……) 自分が殴られたわけでもないのにちょっと顔をしかめてしまったと同時に、マイキーの「いったぁい!」と言うそんなに痛くなさそうな恨みの声が上がる。 「ほんっとにラファは……あ!レオ!レオは誰だと思う?」 「……は?」 ここで再びエイプリルさんへのマイキーの熱い思いが語られ始めたことから、きっと通りすがったレオが巻き込まれたんだろうなって安易に想像が付く。 「……それ、答えなきゃダメなのか?」 もっともな意見に、それでもマイキーは「オフコース」と頷く。 「……んー、じゃぁ、俺は……」 まるでおはようの挨拶のような声の調子のまま紡がれた名前に、思わず漏れそうになった声を必死に抑える。 (……へっ?!) 「……えっ!?」 もしかしたら裏返った声が上がったかもしれないけど、10倍はありそうな声量で素っ頓狂な声を上げたマイキーにかき消されただろうと胸を撫で下ろす。 「え、なんで!?エイプリルのほうが断然美人じゃん!?」 「ん?なんでって……あいつ、普通に可愛いぞ?」 (……ちょ、) レオが紡いだ名前は、あろうことか――あたしだった。 そんなのありえないと喚くマイキーに(めっちゃ失礼だから今度マイキーのピザにはタバスコとハバネロとハラピーニョとゼリービーンズを仕込んでやる。おぼえとけ!)レオは何がおかしいかわからない、と返す。 「妹なんだから、可愛いに決まってるだろ?」 そして、きっぱりと言い切られた言葉にたぶんあたしとマイキーは同じ顔で脱力している……と、思う。 「……あー……あー、そういう……」 (……デスヨネー) そう。 レオは、出会って暫くした頃から徐々にあたしに対して「兄」的な態度を取るようになっていて、気付いたときにはかなり過保護な「お兄ちゃん」に仕上がっていた。(たぶんレオが長男であたしが末っ子だから自然とそんな態度にお互いなったんだろうけど) ……いやまぁ、実際にはあたしの方が2歳くらい年上だしほんとうだったらこっちがお姉ちゃんなんだけど……体格からなのか性格的な問題からなのか、完全に妹扱いされてたりする。(ここでたまにスイッチの入ったレオに「ほら、お兄ちゃんだぞ!お兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ!」っていうかなりのごり押しがなければ……まぁ、妹でも何でもいいんだけどね。レオには絶対言わないけど!めんどくさいことになるのわかってるから!) 「あー、じゃぁ……ラ」 「レオが”妹”っつーんなら、オレ様は”コイツ”だな」 全力で予定外の意味で返答を返してくれた長兄からやっぱりとターゲットを戻そうとしたらしいマイキーだったけど、その前にあの赤いゴリラは珍しく先手を打ったようで。 ラファの言う”コイツ”が、何とも可愛らしい声でピロピロと軽やかに歌うのが聞こえてきた。 (あ、小鳥ちゃん!) ラファに可愛いと言われて嬉しかったのか、その歌声から”ラファ大好き!”っていう気持ちが溢れてるようにしかあたしの耳には聞こえなくなってるもんだから、ピロピロと続く歌声に思わず頬が緩む。 やっばいかわいい。たまんない。 「えー!?ラファそれずるいって!」 「ァア?んなこたねぇだろ」 なぁ、と声をかければ”そうだとも!”と言わんばかりに鳴いて返す小鳥ちゃん。 その亀と小鳥のやり取りに、諦めろマイキー、とレオの笑う声が重なる。 ――と。 「あ、ドナ!」 (……っ!) 次のターゲットを発見したといわんばかりの弾んだ声音で呼びかけるマイキーに、あたしの肩がビクッと跳ねる。 そして、また最初っからエイプリルさんへの熱い思いを語り倒した後で――ひとこと。 「ドナは誰が一番キュートだと思う?」 「……んー、」 かなり眠そうな声が返されたのを聞いて、ああ今日も徹夜だったのかって思……ちょっと待って。確か一昨日も徹夜だったみたいだし……え、ドナってばどんだけ寝てな……いや、これは寝起きかもしれない?(どっちかわかんないけど、眠たそうなのは確かだ) 「やっぱエイプリル?」 「そうだね、エイプリルは確かにニューヨーカーが誇る美人だからね」 (……だよね) 事実を述べてるだけ、なのに――ものすごく耳を塞ぎたくなる。 「この間の……えーっと、なんだっけ?ミスコン?で優勝してたよね」 「あー、あれな。すごかったよな」 ありゃ驚いたなー、とレオもラファも頷く声がする。 「まぁ、アレだけの人がエイプリルは美人だって認めてるんだから、やっぱりエイプリルは”可愛い”んじゃないの?」 たぶんあの番組の投票率とニューヨークの人口の割合の数値あたりを語りだしたドナの声に、胸の辺りにチクチクと刺さるのが何なのか、知らないフリがそろそろできそうにない。 どうしよう。 ドナが、他の人に”可愛い”とか…… (……聞きたく、ない……) いっそ耳を塞いでココから離れてしまおうか、と思った――その時。 「でもまぁ、好みの問題って言うのがあるからね」 「好み?」 首を傾げているだろうマイキーに、ドナは。 「マイキー、君がエイプリルにそういった感情を向けるように」 僕は、僕の相棒が一番キュートだって思ってるから。 コレに関して否定は認めないからね、とあくび交じりの声で釘を刺したドナの、そのままキッチンのほうへ歩き去る足音が続く。 「……おー、すげぇノロケだな」 「ほら見ろマイキー。妹の方が可愛いんだ」 「……レオ、ちょっと違う……」 感嘆の声を上げるラファに、なぜか勝ち誇った声のレオ、それに対して 脱力感満載な声のマイキー。 そんな3種の声をBGMに、あたしは両耳に伸ばしつつあった手で、顔を覆う。 ビックリするくらい、顔が熱い。 これは、ちょっとマジで。 (……やばい……) 必死に熱を冷まそうとしていると、不意に頭の上に軽やかな重みと――聞き慣れてきた可愛らしい声。 「……だ、だめ……っ」 思わず小さく声を上げると同時に、小鳥が、声高らかに鳴いた。 ”キューピッドになってあげる!” もちろん、そう言ったかは定かじゃないけど。 カップの割れる派手な音とか、どたばたとしたニンジャらしくない足音とか、あちこちで上がる「あー、いたのか」「おい!破片を踏むな!」「ぶはははは!ドナってば甲羅まで真っ赤じゃん!」なんていう楽しそうな声がして。(てゆかラファ!アンタ絶対気付いてたでしょ!) 「……やってくれたわね……」 ”なんのことでしょう?” あたしの膝の上でチチ、と済ました顔をする小鳥がなんとも勝ち誇ったように見えて悔しい。 ――そして、ギギ、と開く大きな扉。 (……幸せを運ぶのって、鳥だったっけ?犬だったっけ?) 「い……いるならいるって言ってよ」 少なくとも――この、あたしに負けないくらい顔を熱くしてるだろう、首まで真っ赤な紫マスクの亀じゃなかったことだけは確かだったはずなんだけど。
Afterword//K様
ギーグとギーグによる精一杯のティーンズラブ。 小鳥ちゃんとラファエロがキューピッド。……ん??ラファも??