13 ひねくれた彼の答え
「……がミュータント化か。信じられないな」
「僕たちもミュータントだけどねぇ」
「……おい、そこに座るんじゃねぇ」
「あ、ごめん。いつもの癖で……」
長テーブルの上に腰掛けていると、ラファエロに怒られた。今までの定位置だったので、俗にいう身体に染みついている習慣のせいというやつだ。とはいえ、今の私は人型の大きさなので、テーブルの上に座ってみてもいまいち落ち着かない。明らかに視線の高さが違うから仕方のないことだけど、違和感に未だ慣れずにいた。
(なんだか、落ち着かないな……)
彼らと目線が同じで、人型。しかも言葉が通じるなんて、手のひらサイズだったあの時から考えるとまるで夢のような光景だ。
いそいそと長テーブルの上から立ち上がり、どこにいるべきかうろうろしていると……
「、ちょっといい?」
「……?」
声のする方を見れば、畳の敷いてある部屋でドナテロが手招きしていた。私がラファを一瞥すると、顎で行ってこいと示されたので、私は部屋(といっても、扉がない開放的な空間が繋がっているだけなので、部屋とは言いがたいのかもしれない)へと歩いていく。畳の前で立ち止まると、濡れた布を差し出された。
「これで足の裏を拭いて。もう一枚あるから、こっちで自分の身体を拭くこと」
「……うん」
「なになに、これから何するの?畳の上で、女の子と大人のプロレス?のマウントとるの?」
「ば、馬鹿言うなよ!」
頬を赤らめたドナは激しく左右に首を振って、にやついているマイキーの言葉を否定する。そんなくだらないやりとりをしている間に、私は手早く体を拭いた。
「マイキーじゃないけど……本当に何するの?」
「何って……治療に決まってるだろ。きみ、自分がどれだけ傷だらけかわかってる?」
「……えっ?」
「どんだけ鈍いんだ、お前」
私は改めて自分の姿を確認した。数日ずっと放置していたせいで痛みに慣れてしまったのだろうか。言われてみると、切り傷や擦り傷、打撲のたぐいが体中のあちこちにある。
ドナの前に座り、指示されたとおりに身体を動かしてみせた。時に羽をかき分けながら、私を診察したドナはため息をつく。
「うわぁ、傷口膿んでるよ。どうしたらこんなことになるの?」
(やっぱり、放置したのはまずかったか……)
「そういえば……ええと、」
ドナに診察されながら、私はレオに顔を向けた。未だに名前を呼ぶ声はぎこちない。
「なに?」
「未だに信じられないんだが……きみはどうしてミュータントに?」
「どうして……どうしてだろう?」
「自分でわかってねえのか」
「……多分」
曖昧な答えに、ラファは眉間にしわを寄せた。かという私も、必死にこれまでの経緯を思い返す。何か、あったのかもしれない。私が首をひねっていると、私の傷の治療をしながらドナもぶつぶつと呟き始めた。
「可能性として……ミュータント化といえば、ミュータジェンしか思い浮かばないけど、きみとの関連性が浮かばないし。ここにミュータジェンが持ち込まれたことはない。しかも、あれは厳重に保管されていたし……」
「……ミュータジェン?」
「僕たちや先生をミュータントにした、黄緑色でぴかぴか光ってキラキラしてる水だよ!知ってる?」
「知ってるわけないだろう」
「黄緑で、ぴかぴか……キラキラ……」
――地面に激突して、怪我をして半分だった視界で光る水たまり。
「……あっ」
「心当たりがあるのか?」
「うん。あれかも」
てっきり、怪我をして色彩感覚が狂っているのだとばかり思っていたけれど、冷静に思い返せばあの時……水たまり以外の景色は正常な色をしていた。そのあとは、子供に運ばれて埋葬されて……
「僕たち運命共同体みたいじゃない?まさか小鳥ちゃんもミュータジェン被っちゃうなんて、運命的!」
「というか、レオナルド。それが仮にミュータジェンだとしたら……まずいんじゃないか?シュレッダーが持ち出したもの以外にミュータジェンが存在することになるよ」
手を止めたドナが、レオを見遣る。視線を受け止めたレオも、眉間にしわを寄せて口元に手を添えた。
「……だな。、きみはどこでミュータジェンを?」
「なんか鎧みたいな人と地上落下した時」
「………………は?」
全員が、私を見た。ラファだけは訝し気面持ちで、それ以外の三人は目を見開いて茫然としている。
「鎧って……シュレッダー?」
「地上落下って……」
「てめぇ、あの場にいたんだな」
困惑した声の中に、確信を持ったラファの声が響いて、私に向けられていた視線が今度はラファに集まった。
「俺たちがシュレッダーと戦ってる場に、いたんだな」
「……うん」
まっすぐにこちらを見たラファに、私は力強く頷いてみせた。別に隠すことでもない。
未だにどういうことかわかりかねているドナとレオが、何度目かの瞬きをした時。私とラファを見比べていたマイキーが、突然立ち上がった。
「そういえばラファ、戦い終わった後に、鳥ちゃんを見た気がしたって言ってた!!」
「あ……ああっ!」
「そういえばそんなこと言っていたな……本当だったのか」
「そんなこと言ってたの?ラファ」
マイキーの言葉にラファの様子をうかがうと、彼は私が顔を覗き込む前にそっぽを向いていた。治療中だったドナの手はいつの間にか治療を再開していて、私は当分動けそうにない。
「うるせぇ。ンなこと言ってねぇよ」
彼はこちらに背中を向けたまま、自身のベッドにダイブした。相変わらずこちらに顔を見せないように、徹底した動きで横になる。首を傾げた私が、マイキーを見て、レオを見て、ドナを見ると……全員が、口端を上げながら呆れたように肩をすくめて見せた。なるほど、いつもの照れ隠しのようだ。
「ラファ。……気付いてくれてありがとう」
無反応な背中に声をかけると、チッという舌打ちだけが聞こえてくる。けれど、特に気分を害することはなかった。今日昨日知った仲じゃないから分かる。その舌打ちが彼なりの返事なのだと、私も笑顔でそれを受け取ることができた。