20 きっとロマンチックな夜
「……あのシュレッダーって、偽物だったの?」
「正しくは鎧を持ち出して使用していただけで、鎧の中身はシュレッダーじゃなかったんだよ」
たくさんのモニターによって虹色に照らし出されたドナの顔を見ながら、私はため息をついた。下水道の家には、ドナテロのキーボードを打つ音だけが響いている。
(どうりで動きが鈍かったわけだ……)
あの鎧は精錬された最高の防具であると同時に、歴戦の戦士であるシュレッダーにあわせて作られたものだったらしい。つまり、そんじょそこらの人間に扱えるような代物ではなく……フット軍団でもそれなりの強者が着用していらしいのだが、正に「鎧に着られている状態」だったのだ。
しかも、、鎧に振り回された動きは次にどう動くのかの予測が不可能な上に、「シュレッダーかもしれない」という先入観がドナとラファを苦戦させ、加えて向こうが巻き込んだ一般人の人質によってあそこまで追いつめられていたのだという。
「まったく、人騒がせだよね……びっくりして損したよ」
「私も、びっくりして損した……」
とはいえ、あの時空からの一撃成功したのも、あの鎧があっさりとビルから落下したのも、全部はそのおかげだ。みんなの話を聞く限り、本物のシュレッダーだったら(小鳥の時と体の大きさは違えど)同じような私の攻撃を二度はくらってくれなかっただろう。
「、ドナ。そろそろ飯にするぞ」
「今日はラファがいないからおかず強奪される心配ないじゃん!やったね!」
トレイを片手に台所から顔を出したレオと、テーブルから聞こえるマイキーの上機嫌な声に、私とドナはそちらを振り返った。ご飯だと意識すると、ふんわりとお腹が減る匂いが漂っていることに気がつく。
「待って、先生に出す報告書もうすぐ終わるから」
「ドナ、お前そう言って終わったらどうせすぐ別のことを始めてきりが悪くなるんだから今食べろ」
「えっ、でも……」
「言い訳は聞かないぞ」
私たちの前までやってきたレオは、ごにょごにょと言い訳を始めるドナを睨みつける。そうしていつもの応酬が始まったので、私は一人分のご飯が乗っているトレイを、レオの手からかっさらった。
「もらいっ!」
「あ、おい、!」
「これ、ラファのでしょ?私が持って行くから続きしてていいよ!」
「えっ、なにこれ続くの?」
「ドナがごねればな」
「いいからさぁ、もう食べようよ~」
兄弟たちの声を背に、私はトレイを持ったまま小走りで駆けだした。
* * *
両手はトレイでふさがっているので、私は足のつめでコンコンと扉をノックする。訝しげな声に「私だよ」と答えれば入室許可がおりたので、そのままはしたなく足を上げてノブを回した。
「ラファ?ご飯だよ」
「別に呼ばれりゃそっちにいくっつって……!なんつー開け方してやがる!!!」
「だって両手ふさがってるし……」
私の元に一瞬でやってきたラファは、私からトレイを奪って肩で息をする。そのトレイを適当なテーブルの上に置いたラファから、ものすごい鋭い眼光が向けられ、背中に寒気が走ったので私はノブにかけれていた足をそっと下ろした。
ラファはあの日、兄弟たちの中でも一番無茶をして傷だらけだった。その上、私を助けるために高所から着地したせいで足を痛めたのだ。怪我の程度で言えば彼らにとって大したことではなかったのだけど、助けていた人質女性をドナに放り投げたことと、一人で無茶したことを咎められて……現在、個室に隔離されている状況だ。
治療が目的と言うよりは、反省室の意味合いが強いのだろう。
とはいえ、あの時私があのまま偽シュレッダーと一緒に落ちていたら、今度こそ死んでいたかもしれない。それを咄嗟に助けてくれたことは、みんなラファを素直に称えていて……誉められたラファはもちろん照れ隠しに怒っていたし、助けられた私はいつも喧嘩している彼らが素直にお礼を言うほど、自分が大切な家族として認められていることを実感して密かに感動していた。
なにより、助けられた時に強く強く抱きしめられた時の感触は、まだ当分忘れられそうにない。
(……思い出したらまたドキドキしそう)
離すまいと伝えるようなラファの強い力を思い出すと、自然と鼓動が高鳴りそうになるのであわててそれを振り払う。
「ラファ。一緒にいてあげようか?」
「あ?なんだ突然」
「一人のごはんは寂しいでしょ?だから、ずっとラファと一緒にいてあげるよ」
後半に白々しく別の意味合いを込めてにっこりと笑みを浮かべた。
「その言葉に、二言はねえな?」
「……えっ?」
答えは「いらねえよ」だの「帰れ」だの言われるとばかり思っていただけに、動揺が瞬きに現れてしまった。まじまじとラファを見上げると、こちらを見ていたアンバーの瞳が微かに揺れて、交わっていた視線がふいと外される。
「お前が言い出したことだろうが。なにすっとぼけてやがる」
ラファの言葉の真意が読めず、私の頭の上にはクエスチョンマークを山のように並び、口からは「え?」という言葉がぽろぽろと落っこちていく。確かに私が言いだしたことだけど、彼は言葉の意味を理解した上で言っているのだろうか?私は一瞬でそれが判断できず、妙な期待をしてしまって顔が熱くなりそうだった。
一人混乱する私の様子を見て、ラファは自分の頭をがしがしと乱雑に掻く。
「わかっちまったんだよ、この間」
不本意だ、という声のトーン。不機嫌のような、悔しそうな、そんな声音でラファは吐き捨てる。
「お前のこと……二度と手放すかって思っちまった。ガラにもなく、失ってたまるかってな」
「それは……ペットとして?家族として?」
「あァ?そんなもん……」
突然、大きな手で後頭部をわしづかみにされ、私は目を見開いた。
「っ!?なに……っ!」
驚きすぎて、ロマンチックに目を閉じることを忘れる。
そのせいで、目の前には見慣れた赤色が視界いっぱいに広がっていた。小鳥の時だってこんなに近づいたことなんてなかったのに、私はあの時以上にラファの近くにいる。……いや、むしろラファと触れあっていた。人間が行う、親愛を伝える行為で。
しばらくしてゆっくりと離れると、喉の奥から熱さがこみあげてきて、その熱がじんわりと体全体に伝わっていく。私は、何が起こったのか認識できずに、ただ触れた唇をそっとなぞった。実感がない。いま、私は……
「こういうことに、決まってんだろうが。察しろ」
ふてくされたラファは恥ずかしさを誤魔化しているのか、露骨に歯を食いしばった。ハチマキの色が彼の肌に滲んで見える。その肌をじっと見ていると、居心地悪そうなラファはちらりとこちらを一瞥して私の額を小突いた。
「いたっ!ラファ……」
「なんつー顔してんだ。バカが。その顔、兄弟たちに見せんなよ」
「ひ、酷いよ……」
「酷くねえ。さっきのドアの開け方も、兄弟たちの前でぜってえすんな。したら殴るからな」
「横暴……」
額をさすりながら見上げると、彼はずかずかと部屋の奥へと歩いていく。私はその後に続いて彼の背中に質問をぶつけることにした。
「ねぇ、私でいいの?元・ペットだよ?」
「今は違えだろ」
「じゃあ今は?」
「俺様のオンナ」
「……それ、言ってみたかっただけでしょ?」
自然と上がってしまう口角のまま、上機嫌に尋ねると……同じように上機嫌で不敵な笑みを浮かべたラファが振り返る。私の左腕を掴み上げて、見えるように掲げる。
そこには、指輪ではないけれど……ラファとお揃いの赤い布が、はためいていた。
「事実だろ。認めとけ」
END
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