流れつく先は夢か現か
「ちゃんいい食べっぷりじゃ~ん!エサのあげがいがある~!」
「ぎょーさん食べて体力つけとき!これから大変なるで」
「…これからって、なにかするの?」
食べ終わったサンドイッチの皿を遠ざけ、親指を舐めながら二人に目もくれずに聞いてみる。
すると、しばらく黙り込んだ二人から大きなため息が聞こえてきた。
「これから、これからねぇ~。どうするよ、相棒」
「下っ端、雑用、人のお使い。今までそんなんばっかやったしなぁ、もういやや…」
「むしろ俺らは今、ペットちゃんもいて人の上に立つ立場になったわけ」
(ペットの上は…人の上になった扱いなの?いや、私は実際人間だけど)
私の心の中のツッコミも虚しく、ロックステディもビーバップも真剣な顔だ。なるほど、この二人はアホなのかもしれない。
「となると…もう一段階上の悪の道に行けるんとちゃうの?」
「あーあるある、フット軍団みたいな?むしろ、フットの上を行ってレッグ軍団とか?」
瞬間、ピリッとした殺気に私は手元のフォークを掴み、振り返りざまにそれを鋭く投げ放った。
直後、軽い金属音と共に弾き飛ばされたフォークは円を描きながら宙を舞い、カウンターに突き刺さる。
そのフォークを見送った時には既に、私の首元には一本の短刀の刃が当てられていた。切れ味のよさそうな鈍色の刃は、私の首の薄皮だけを切り裂いている。
「動くな」
私は声のままに動きを止めた。声の主は、短刀の持ち主だった。こちらに刃を向けている眼光の鋭い黒髪の女性は、カウンターの向こう側から威圧するような声で私を睨んでいた。
(戦場の感覚、鈍ってるな…)
反応が悪くなったことを心の奥でごちながら、私は黒外の女性から視線を外して目だけで隣を見やる。
顔をひきつらせ椅子を反転させているビーバップとロックステディの後ろには、つい昨晩見たばかりの影――シュレッダーがこちらを見据えている。
「ち、チーッス。シュレッダーパイセン。今ちょうど、おたくとうちの合併プランの話を考えてたんすよぉ…」
ビーバップの苦しい言い訳を聞きながらも、シュレッダーは口をつぐんでいる。
「取り分は、51:49で…あ、もちろんそっちが51なんすけど…」
「取引相手は探していない」
「…欲しいのは、ガキの使いだ」
シュレッダーが腕をそっと持ち上げると、手の甲についていた甲冑から音を立てて凶悪な鉤爪のような刃が現れる。明らかに人を害するビジュアルをしているそれに、ガタイの良い二人の男は肩を震わせた。
そして、視線を向けられたビーバップはひきつりながらも笑みを返した。
「あー…そういうのも、ありっすね?」
* * *
シュレッダーと黒髪の女性につれて来られた場所は、どうにも学と縁のない私(と男二人)には微塵も理解できない場所だった。お綺麗な白基調の部屋に、見知らぬ機械は配線、ビーカー、試験管。どれを使ってどのようなことをしているのか、予想はおろか、画面に掴んでいる数値の羅列を追うのも頭が痛くなりそうだった。
ずかずかと私たちの戦闘を行くシュレッダーが、色黒でふくよかな男性に刃を向けた。
「シュレッダー先生!計画は成功だったんですね…!」
「貴様の計画通りではなかったがな。…遥か彼方に旅をしたぞ」
「と、言いますと…?」
「空間転移の果てに、異星人に出会った。そこであの機械のことを聞かされた。あれは空間転移の他に使い道があるのだとな」
話に飽きたビーバップとロックステディを置いて、私はシュレッダーの言葉に眉間にしわを寄せた。
(異星人…?この人は、なにを馬鹿なことを言ってるんだ…?)
小さく鼻で笑おうとしたところで、背中にひやりと刃物の冷たい感触が触れた。
私の後ろで待機している女性が、刀の切っ先を私の背に押し当ててきたのだ。ぷつりと皮の切れる感触だけが伝わってきて、私は笑いかけた空気を飲み込む。笑いそうになって肩でも震えたのかもしれないので、十分に注意が必要なようだ。
「…つまり、その異星人は、これで次元の扉が開くと言ったんですね?」
「そして戦争兵器で地球を制圧する。…我々は地球の覇者となり、絶大なパワーを手に入れるのだ」
「…筆舌に尽くしがたい栄光もです」
信じがたいことに、おとぎ話のような単語を飛び交わせながら話す二人の男たちは本気のようだった。呆れる半分、史上最悪の犯罪者が真剣に話している様は、与太話ですら真実だと思わせるような説得力がある。私はあまりの真剣さに呑まれ、その話を信じかけていた。
「残りのパーツを集めるのに邪魔者がいる。…タートルズだ」
(…宇宙人の次は、亀?)
シュレッダーは史上最悪の犯罪者であり、幻影を見てしまうヤク中毒ではないだろうか。それとも私の知らない何かの隠語なのか。私は静かに話の行く末を見守っていた。
「奴らを一撃で葬れる兵士が必要だ。…これを使え。ただし、科学的な処理がいる」
「おお……はい……はい!」
見知らぬ紫の液体が、シャレた砂時計上の瓶の中に納まっている。受け取った白衣の男はヒキガエルように口端をにんまりと持ち上げて笑った。――ぞくり、と本能的な寒気が走る。
嬉々とした男は、注意力散漫になっていたビーバップとロックステディを押し退け、隣の研究室へ駆け込んだ。
雫状でガラス張りの機械に、シュレッダーから渡された液体をそっと入れ込む。白衣の男がボタンを押せば、機械は水蒸気のような煙を立てて、砂時計の器から紫の液体を吸い取っていた。
(なにをしてるんだろう…)
動向を見守っていると――不意に、腕をぐいぐいと引っ張られた。
私を呼んだ主、ビーバップとロックステディは、半ば引きずるようにシュレッダーや白衣の男達とは別の機械へと私を連れていく。
「っ、なに…?」
「なぁ、これなんて名前やったっけ?」
「あー、懐かしいよなぁ。こういう器。学校の時によく見たわ」
「いや、私知らないけど…」
「考える前から諦めるなって!思い出せるって!」
「私、学校行ったことないから…」
「へ?一回も?」
頷けば、ビーバップとロックステディは目を見合わせて何度も瞬きを繰り返している。
「珍しくないでしょ、貧困の子供が学校にいえないことなんて」
怒りも悲しみもこもっていない声で事実だけ告げれば、二人はすぐに「それもそうか!」と持ち前の明るいテンションへ戻っていく。
妙なテンションに翻弄されるのが妙な心地で、私が人差し指で頬をかいていた。その時――
「っ!」
「うわっ!」
突然飛んできた物体を、私は咄嗟に手のひらで受け止める。
飛んできた方向を見ると、シュレッダーが銀の銃を片手に、不敵な笑みを浮かべていた。
「ほう、今のを避けたか…」
「…なに、これ」
手のひらを見れば、紫色の液体なみなみと入った注射器が突き刺さっている。
その手のひらの向こう側…ぼやけた手のひらの外側の世界では、同じ注射器が首元に刺さったビーバップとロックステディが倒れ伏していた。
「――なに、したの」
私は手のひらを振り払い、中身がなみなみ入った注射器を捨て去る。
手のひらがじんわりと熱くなるのを感じながら、目の前で弧を描いて笑うその表情を睨みつけた。