06 晴天に雪しんしんと
目を開ければ、目の前には真っ白い天井。
可愛らしいすずめの鳴き声が耳に、朝の爽やかな空気が肺に入って、私はひと息をついた。
「起きたか」
爽やかさとはまるで縁のない、仏頂面が似合いそうな野田の低い声が聞こえた。
もしかして傍についていてれたのかと彼の姿を確認しようと寝返りを打てど、すぐ横の椅子はからっぽ。
ゆっくりと上体を起こすと、爽やかな朝の保健室には似つかわしい場面が広がっており、私は呆れた。
(アホだ…)
野田は保健室の床でひたすら腕立て伏せをしていた。爽やかな目覚めが一気に萎える。
私が上体を起こしたのを見て、彼は腕立てを中断し立ち上がった。
「傷は?」
「もう塞がった。切られた場所が悪かっただけだから、傷自体は大したことないし」
あの夜のトルネード作戦でやられた右手首は、跡無く塞がっていた。
ほら、と見せれども、野田はそわそわしていて落ち着きがない。
「どうしたの?」
「……ゆりっぺに言われた」
「なんて?」
飼い主に叱られた子犬のように少ししょげた様子を見せる野田に、私は眉をひそめた。
ゆりっぺは前線に出る数少ない女子として私を大切にしてくれているが、それ故に時々すごいことを言うから不安だ。
「『女をキズモノにしたのか! 責任とるのか』と」
「………」
頭が痛い。その発言をするゆりの姿がすぐさま目に浮かぶ。
『はぁ!? アンタ女の子をキズモノにしたの!? もちろん責任とるんでしょうね!?』
死んでも死なず、傷が治るこの世界でなんの責任を取るというのか。
ゆりっぺが大好きな野田にとっては、なかなかにショックな叱られだったのだろう。
「あと『情けないからいっぺん死ね』とも」
「いやそれはジョークでしょ」
最近ゆりの間で流行っているジョークをジョークと受け取れないほど、野田は動揺しているのだろう。
私は苦笑して彼を見上げた。
「寧ろ、もう1つ前の発言も含めて全部ジョークでしょ。ここじゃ傷跡なんて残らないしね、ホラ」
右手首を見せれば、彼は確認するために私の右手をとって手首に触れる。
さっきまで汗が出そうなほど腕立てしていたとは思えないくらい、野田の素手はさらりとしていて。男特有のごつごつとした手の骨格に、不覚にも意識してしまう。
「……確かにそうだな」
納得した野田が、触れていた私の腕をそっと離す。
触れられていた部分が微かに熱を持った気がして。私は左手で落ち着かないのを理由に、なんとなく手首を掴んだ。
「だがゆりっぺの言うことも一理あると思った」
「ないよ!?」
「故に、俺から貴様に言うことがある」
「……え、何?」
ジョークが通じてないのか、と不安に思って私は身構える。
そんな私を知ってか知らずか、野田はひとり言い辛そうに視線をあっちにそっちにやって落ち着かない。そうしてしばらくうめき声を漏らした後、意を決したように口を開いた。
「昨日は、確かに油断した。お前のお陰で……助かった」
彼の視線は窓の外。明後日の方向を向いた野田から出た言葉は意外過ぎて、私もくすぐったい気持ちになる。
精一杯の彼をからかうのも気が引けて。かといって、ムズムズした気持ちを言語化もできず。
「明日は雪が降るね」
それだけ言って、私は少しだけ茶化しながら笑ったのだった。