05 初出撃に鳴り響く曲
「なぁ、野田とって、デキてんの?」
爆音溢れる食堂のベランダ――少し音が遠ざかる外で、緊張感なく日向君がそう告げた。
私と野田は、ちらりと目を合わせてすぐにそれを逸らす。
「デキてません」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
私がそう吐き捨てて、野田が鼻を鳴らすと、日向君は納得したのかしてないのか「あぁ、そう」と適当な相槌を返してくる。
「コイツがついて来るだけだ」
「野田が世話焼きなの」
「……お前ら面白いくらい矛盾してるの分かってる?」
涼やかな風が通り抜けて日向君の髪を揺らし、彼の呆れをコミカルに演出する。
それは作戦の真っ只中とは思えないくらいゆるいやり取りだった。
そんなやり取りと相反して、食堂の中ではガルデモの熱狂的な声と、ノリの良い音楽があたりに響き渡っている。
建物の賑やかさと静かな外、その温度差に私は作戦中であることをなかなか実感できずにいた。
(現実感がないな。足元がふわふわして……変な感覚)
そんなことを考えて月を見上げると、そんな私の隣に野田が立つ。
「おい、気を抜くな」
「……心配しすぎ」
釘をさす野田をじろりと一瞥し、私はため息をついた。念願の初参戦でそんなふうに思われているのは心外だ。ちょっとだけ心当たりはなくはないけど。
「……ゆりっぺ、何故この空気の中に俺を放り込んだし……!」
私と野田の素知らぬ隅で、日向君が頭を抱えことは露程も知らず。日が沈みかけて暗がりが侵食する校庭を見張っていると――
暗い校庭を背景に、きらりと鈍い銀色の光が瞬いた。
「――天使だ!!」
その声にはじかれるように、食堂を囲むように待機していた私達――SSSのメンバーは、全員銃を構えた。
初めての実践が始まる合図に、ライフルの引き金にかける指が微かに震える。
「行くぞ!撃てぇ!!」
日向君の合図に全員が引き金を引いた。
私達が放った大量の銃弾は、瞬時に生成された天使の右腕の剣で次々に弾かれる。
(本当に、人間じゃない動きだ)
そんなふうに思っていると、一発の銃弾が剣の防御をすり抜けて天使の膝を貫いた。
撃たれた左足がかくりと折れて、天使が膝をつく。その隙に、待機していた藤巻くんと松下五段が私達の傍に駆けてくる。
「ゆりっぺの予想、見事に当たったな! こっち方面に人数固めといて正解だ!!」
「今は何が出ている?」
「あの剣だけだ!」
「みんなが合流したところで第二射いくぞ! いけるか!?」
「行けます!!」
5人の声が交差して、静まり返っていた夜の食堂前は一気に騒がしくなる。私達は再び、それぞれの銃器を構えた。
崩れた膝をぼんやりと見つめた天使は、なにやら小さく口を動かす。
「第二射撃てぇ!!」
一度止んでいた銃器が再び火を噴いた。
暗い夜に輝く弾の赤が一気に天使に向かうが――まるで透明な盾を張っているように、銃弾が天使から逸れていく。
さっきよりも人間離れした現象に、私は目を見開いた。
「ちっ、ディストーションの展開早いな!!」
「まだまだ曲の中盤だ、時間稼ぐしかねぇだろ!」
「接近戦組、行けるか!?」
日向君の言葉に、私と野田、藤巻くんがぴくりと反応する。
互いに目配せをして、それぞれ銃を投げ捨て天使に向かう。
「らぁっ!!」
一番最初に振りかざしたのは藤巻くんだった。
横に一閃。天使はしゃがんでそれを避け、彼の刃を下から上に弾きあげる。
よろめいた藤巻くんに、天使の刃がまっすぐに向かって――
「――させない!」
私は間に私は割って入り、天使の刃を左のナイフで受け止める。
と同時に、空いてる右のナイフで首を狙うと――天使はとっさに身を引く。
「遅いわ!!」
天使が身を引いた先には、野田がハルバードを構えていた。
「ふっ!!」
吐き出す息と共に、野田が天使の左腕を斬りつけた。華奢な腕に鋭い刃がめり込む。
しかし天使は左腕に刺さったハルバードお構いなしに、野田の心臓めがけて腕に付いた刃を突き出した。
「野田!!」
私が無理矢理半身で割り込んで、右手首でその刃を受ける。天使はすぐさま刃を抜いて数歩下がった。
追撃しようと足に力を入れようとして―――失敗した。ガクンと身体の力が抜けて、私は前のめりに倒れ込む。
「!?」
野田の驚愕の声を聞きながら視界にちらりとうつった右手を見ると、右手首から噴水のように血が吹き出していた。
一気に出血して血圧が下がったようだ。
(あぁ、もう――)
初参加だからって張り切ったのに、台無しだ。
さっきの刃、手のひらで受ければ良かった……なんて考えている間にも視界が霞んでいく。
最後に見えたのは、味気もないアスファルトの小石だった。