ピザの箱が重ねられてできたソファーに座り、ピザの箱を重ねて作られたテーブルの上に、コーラが二つ。そんなピザまみれな椅子とテーブルについて、私と彼は、ピザを片手に語らっていた。
「エイプリルは今日もすごくビューティフルでキュートだと思ったよ!あぁ~早く僕の新作ヒップホップ聞かせてあげたいなぁ」
「そこはヒップポップじゃなくてラブソングにした方がいいんじゃない?」
「ノンノン!、僕をなめてもらっちゃ困るよ。なにせ僕のヒップホップは、ラブソングの要素も入ってるから問題ないね!」
マイキーと私しかいない下水道の家では、恋愛トークが進行中。残念ながら、話の相手は女性ではなく男性(しかも亀)なので、女子会とは呼べない会合ではあったが……それでも私は、定期的に行われるこの会合が嫌いじゃなかった。
マイキーはエイプリルが好きなのだという。だから、人間でかつ女性である私に相談を持ち掛けてきた。懸命な判断だと思う。エイプリルは仕事上の知人だが、全く知らない仲でもない。なにより、暴走列車のマイキーが自分の感覚だけで先走らないよう、誰かに相談するという選択肢を選んだこと自体がミラクルだ。
「で、なんの話だったっけ?」
「、しっかりしてよ。次のドライブにエイプリルをどうやって誘うか、だろ!」
「そもそもマイキーは運転ができないよね?」
「うっ……ドナにやってもらうとか」
「三人でデート?」
「ラジコンみたいに車をオートで操作してもらうとか!」
「ゲームか!!」
話は進まないし、脱線するし。それでもやっぱり相談したいマイキーは、途中思い出したように話を無理矢理戻してくる。とはいえ、私は話を脱線させたい。なぜならば……
(悔しいけど、好きなんだよね。マイキーのこと)
明るい笑顔も、うるさいくらいのテンションも、女の子が大好きなところも。本当に悔しい話だけど、相談に乗っているうちにマイキーの純粋さというか、無邪気さに当てられて好きになってしまった。完全にミイラ取りがミイラになった状態。
(でも、絶対言わない)
にこにこと、さも快く相談を受けている顔をして私は口を閉ざした。別に嫉妬していないわけではないが、この会合は嫌いじゃないし、エイプリルも嫌いじゃない。だから、マイキーがエイプリルとうまくいくならば、個人的に応援したいことも確かなのだ。不思議なことにそれは本心で、胸の中はもやもやもしていなければイライラもしていなかった。本当に、不思議なくらい。
「うーん、どうしたらいいんだろ。オレンジソーダをささげて、ドナに遠隔運転の装置作ってもらうとか?」
「オレンジソーダでドナは釣れないと思うけど……」
「なら、マルゲリータだ!!」
「というか、ドナのことだから……いざということを見越して、もう遠隔運転くらい備わってそうな……」
首をひねりながらそういうと、マイキーの目はキラキラピカピカと輝き始めた。背の低いテーブルに手をついて乗り出し、私の肩を勢いよく叩いた。
「さっすが!そうだよ、ドナだったらもう作っててもおかしくない!天才!」
「いや、作ってなかったらどうするの……」
「そしたらもう一人の天才に頼み込むしかないね!よし、すぐさま確認だ!」
落ち着きなく立ち上がったマイキーは、ドナへの部屋へ行く道すがらこちらを振り返り投げキッスを放り投げてくる。「いつもありがとう!!」と言いながら何度もキッスを投げる姿があまりに可愛いものだから、私はそれをただ笑顔で受け取った。
* * *
「エイプリル、ヴァーンと付き合うことになったんだって」
「……えっ?」
いつも通りの会合をしようと下水道の家を訪ねると、ぼんやりと呆けたマイキーが心ここにあらずといった様子でそう呟いた。とはいえ、その表情が悲しみに歪んでいるわけじゃないから、私は一瞬なにを言われたのかわからずにいた。
「エイプリルが?」
「……うん」
頷くマイキーの声はひどく落ち着きを払っていて、本当にぼんやりと呆けているだけのようだった。
私はてっきり、ピザをやけ食いしているか、ガッテム!と叫びながら頭を抱えているか、嘘だと泣き叫んでしまうのだとばかり思っていたのだけど……失恋の痛手は、こうも人を変えてしまうのか。ショックで声も出てないのだとしたら、マイキーの恋はあまりに純粋で本物だったいうことになる。私はここにきて初めて、胸がずきりと痛んだ。私の恋の痛みじゃない。マイキーの失恋の痛みを感じた、気がした。
「あ、あの、マイキー……」
「普通に、良かったねって言えたんだ」
「へっ?」
「お祝いに、99種類のピザ差し入れようかって言えた」
ずっと虚空を見ていたマイキーのまん丸の瞳が、今日初めて私を見た。綺麗で、透き通ってるその瞳が、何度も瞬いている。
「不思議と、ショックじゃなかったんだ。おめでたいって思った」
「そうなの……」
「だって、家に戻れば僕にはきみがいるって思ったから……」
その言葉に、今度は私の目が瞬いた。
「きみが待ってて、話を聞いてくれるから。きみが……そうだよ、きみだ!!」
ぱちぱちと輝いた瞳の中に、強い光が灯ったのを見た。マイキーは勢いよく立ち上がって、私の両手をしっかりとつかんで、めちゃくちゃ近くにまで顔を寄せる。
「僕には、きみがいたんだ!!」
天の啓示を受けたように、マイキーの表情にはいつもの……いや、いつも以上の笑顔が浮かんでいた。一回り大きな手に、両手をしっかりと包まれて、可愛いと思っていた笑顔が驚くほど目の前に会って、私の思考が停止する。何が起きてるのか、微塵もわからなかった。
「そうだよ、どうして気付かなかったんだろう!エイプリルは綺麗で見てて癒されるけど、きみと話してる時間の方が毎日楽しみでわくわくしてた!」
「あ、あの、マイキー……?」
「そう、そうだ!だって僕にはきみがいる!僕は、きみのことが好きだったんだ!!」
「ええええっ!?」