何も言わずに彼を真っ正面から見ていた。私は真剣に事の真偽を確かめる為に一心に見ていたが、彼は居心地悪そうにちらちらと様々な場所へ視線をやる。耐えきれなくなった彼がついに口を開く。
「……なんなんじゃ、さっきからずっと此方を見て」
「ん……?いやね、気になることがあって」
相変わらず一心に見つめながら心半分ここにあらずの呆けた声で返事をすると、ため息をついた流太郎は扇子で口まで隠してため息をついた。
「言うてみよ。我が気になってかなわぬわ……」
そう?と確かめるように聞くと、早く申せと急かされた。ならば遠慮なくと一息つくとずっと気になっていた事が喉の奥から飛び出した。
「流太郎って色付きのグロスとかリップとか塗ってるの?」
「……なんじゃ、やぶから棒に」
「流太郎が言えって言ったんじゃん」
呆気にとられている彼は質問の意味を詳しく理解出来ていないようなので、私は言葉を選んでもう一度疑問を口にする。
「流太郎って唇が血色悪く見えるじゃない? それって本気で冷たいのか色だけなのか、どっち?」
頭を傾げながら彼を見れば、呆れられると思っていた予想とは裏腹に流太郎は顔を綻ばせた。扇子で顔を隠し、こらえたくぐもり笑いが耳に届く。
「……なに笑ってるの」
「いやいや、すまぬ。あまりにお主が可愛いことを聞いたものだからな」
何それ、と純粋な疑問を笑いで一蹴りされた私の機嫌はみるみる下降していく。いくら可愛いと言われても許しがたい。……少しだけは勘弁してもいいが。
「……、拗ねるでない」
「無理。イラッときた」
顔を覗き込もうとした流太郎に背を向けた。彼の小さくついた息が聞こえて、私がさらに許さないと決意を新たにしていると、肩を叩かれる。
「此方を向いてくれんか?」
無言で返事。すると流太郎は私の肩を掴んで少し乱暴に自分の方に向かせる。彼にしては珍しい強攻策なので呆気にとられていると、小さく唇の端を持ち上げた顔が見えて、次の瞬間には流太郎の睫毛と私の睫毛が触れるほど近くなる。
(うわ、わ…!)
触れるだけのキスをした彼は、顔を離した後に意地悪く口端を三日月型に上げる。
「……どうじゃ、冷たかったか?」
「………」
「」
「……温かかった……です」