この男ときたら、育った環境が悪かったのだろうがあまりにも横暴なエスコートに、私もつい口を噤んでしまう。そんな様子の私をお構いなしに、彼はこちらを再度振り返った。
「……で、貴様はどこを回りたいんだ。早く言え」
「…………」
早く、ね。晴れ渡る空の下、ロシアの街中。商店街な人混みに私の悲しい呟きもかき消えていき、残されたのは怪訝そうな私の彼氏と黙った私だけだ。
「なんだ、無いのか?欲のない女だな」
私の返事がないことからイコールほしい物がないと推察したユーリは、折角なにか買ってやると言ってるのにうんたら、欲のない女はまた違う意味で面倒うんたらと、それはもう酷いけなしようで、何もしていないというのに私のテンションはだだ下がりな訳である。
(もしや……好きになる人間を間違えた?)
ボリスはおいておき、仮に付き合っているのがセルゲイだったら、もうちょっと穏やかなデートを満喫できただろうに。そんなことを頭の中で愚痴っていた私の額に軽く痛みが走る。
「聞いているのか!」
「……聞いてませんでした」
「全く、しっかりしろ」
額を突かれた私は額を抑えながら未だ不服そうなユーリの横顔を眺める。
「……何か無いのか」
「……みたい店?特には」
「店じゃなくても良い」
彼の先ほどとは違った切り返しに私が首を傾げると、彼は私に背を向けて呟いた。
「何か、して欲しいことでも構わん。今日は初めての貴様との…………デート、だからな」
たっぷりと時間をかけてそのセリフを言い切ったユーリの自分内評価を改める。なんだ、ただの照れ屋じゃないか彼は。
「……ふふっ」
「笑うな!すぐ決めろ!!」
慌てて背を向けた私に急かす。かといってもそんな急に言われてぽんと出てくるもののでもないので、私は街中のカップルに目を向ける。
「おいまだ決まらないのか!」
「決めたよ」
そう言って私は背を向けた彼の隣について、手持ち無沙汰だった彼の手を取る。
「……っ!?」
「手、繋いで欲しい」
それがいい、と私がリクエストについて言及すると、やんわりとその手を握り返される。そのまま彼は私の一歩先を行きながら手を引いた。
「このままが良いんだろう。適当にどこかいくぞ」
私は手を引く彼の手を見て、穏やかな気持ちになった。さっきの脳内愚痴、撤回しておこう。