「あ、おい!」
彼の静止も聞かずに私は速攻逃げ出した。視界に少しでも入ればどんなことをしていようが即退散。それが私にできる彼への精一杯の嫌がらせなのだ。
「……また逃げてのか、てめぇ」
「イエス、オフコース!だけど止めてくれるなキョウヤ!私の気が済まないのだよ!」
「そうかよ。まぁ俺には別に止めるつもりも義理もねぇ」
先日のナイルが私の心に傷をつけたのと、塩を擦り付けた(自分が原因だと気づかなかった)のとで私の避けようは徹底していた。今まで好きだ好きだとあっちこっち付きまとっていたのとはうって変わった。
「けどな」
「……何?」
「ある程度にしてやれ」
ぶっきらぼうで吐き捨てるようではあるが、キョウヤがそんなこと言うこと自体珍しくて私は呆気に取られた。私が「なんで?」と理由を尋ねる前に、表情で言いたいことを汲んだキョウヤが呆れた声で言う。
「てめぇが避け始めてからナイルの奴集中散漫で、ろくに練習出来てねえんだよ」
おかげで特訓の相手になるやつがいない俺まで迷惑だ、とキョウヤはこちらを睨みつけた。その目には見るからに惚気るなら余所でやれと書いてあったので、私はいちはやく殺気を察して敬礼した。
「りょ、了解です!」
鼻をならしてその場を去るキョウヤの背中を見送ると、その私の背中に声がかかってびくりと肩を震わせた。
「!!」
「ナ、ナイル……」
珍しく息を切らせて肩で息をしているナイルが、膝に片手をつきながらもう一方の片手で私の右手首を掴んだ。
「つ、掴まなくても別にもう逃げないよ!」
「ホ、ホントだな……?」
私が頷くと彼は手首を掴んでいた手を離して両膝に手をついた。十数秒、酸素を取り入れると勢いよく上半身を上げて私の両肩に手を置く。
「わ、悪かった……!!」
と、たった一言呼吸と一緒に吐き出して、両腕に合わせるように頭を下げた。
(……負けた)
絶対許すつもりはなかった。何せ彼は私が逃げでも最後まで追ってこなかったからてっきり面倒を解消する程度の気持ちで謝ってくるのかと思ってた。けれどキョウヤの話ですっかり恨めしい気持ちは無くなったのだ。当初の自分の覚悟を折るようで癪だったが、さっきの話を聞いて許さない訳にはいかない。
「ちゅーで許してあげる」
「……っ!?」
「だからちゅーでっ……!!」
まさかと言わんばかりの顔でこちらを見たのはたった一瞬。すぐさま視界いっぱいいっぱいにナイルの顔があって、私が呆気にとられた。