「お、
「あ、藤巻だ」

 突如現れたヤツにうっかり、気を取られた。私の指は思わぬ方にズレ、目的の場所の隣にあるプラスチックボタンを押す。カチンと押し込んだ感覚に愕然とした。

「あ」
「……どうした?」

 押した指を離し、ボタンにかかれている文字に愕然とする。

「どうしよう……」
「あ?」
「これ辛すぎて食えない……!」
「……あ、悪ぃ。俺?」
「あったりまえだー!!」

 怒りの拳を振りかぶる。だがしかし、藤巻は何食わぬ顔でひょいと避けた。

「辛すぎて食えない……って、噂の麻婆豆腐か?」

 怪訝そうに顔を歪ませる藤巻の目の前に出てきた食券を突きつける。それをみた彼は、眉間にしわを寄せた。

「ただのカレーライス辛口かよ」
「私には無理だ!!」

 甘党の私にはこれでも十分キツい。中辛じゃないと皿に涙をこぼしながら食べる羽目になり、塩分過剰になってしまう。
 無言でカレーライス辛口の食券を見つめながらどうやってこれを乗り切ろうかと考えていると、藤巻は頭を掻いた。

「しょーがねーな」
「もっ、元を辿れば一体誰のせいだと……っ!!」
「あーあーうるせぇ」

 不意に藤巻が私の腕を掴んだので、不覚にもドキリとする。そして私の手のひらから食券を奪うと、変わりに別の食券を握らせて来た。

「……オムライスだ」
「……なんだよ」
「え、なんか意外」
「俺のイメージは何なんだ」
「蕎麦」

 どんなイメージだ、と悪態付いた藤巻は、私に食券を握らせるとまた券売機の前に立つ。

「まだ食べるの?流石男、よく食べるね」

 さっさと券売機で食券を買った藤巻は、出てきたそれを取り、私に向き直った。そしてまた私の手を取って、手のひらの上に何か放る。

「間違ったから、やる」

 手の上には「杏仁豆腐」の食券。何気なく私の横を素通りしようとした藤巻の服の裾を反射的に掴んだ。

「うおっ!何だよ!」
「え、これありがとう」

 こっちを見た彼をまっすぐ見据えて、そう言うと、一瞬きょとんとするが、小さく笑って彼は私の頭をかき回した。その長ドスを振り回す逞しい手と、小さな笑みは、容赦なく私の胸のド真ん中を射抜いた。

「何言ってんだ。間違えただけだっつってんだろ」

 なんだよその笑顔。つっかかってきた癖に。からかってるだけの癖に。なんだこの男は。

ずるい男

(藤巻のくせに藤巻のくせに!)