「ふふふははは……!」
「おい頭大丈夫か?」
頭は両方の意味で全く大丈夫じゃない。だが私は勝ち誇るように笑っていた。
ひだりのこめかみ辺りが鈍く痛く、喉は乾燥して奥に張り付き、鼻はすっかり詰まっていた。時々呼吸したときに入る本当に些細な埃がイガイガしている喉を刺激して咳が出る。
「風邪を引いた……引いたぞ!それすなわち私は馬鹿ではないということ!」
マスクをしながら勝ち誇る私に、見舞いに来ていた藤巻に横で大きくため息をつかれたが、今はそれに突っ込む元気もない。
「おい知ってっか、」
「何が?」
額に手をやりながら眉間に皺を寄せる藤巻は苦い顔をしながら此方を見た。瞳孔が開いているんじゃないかと言われている鋭い目の視線が私を刺す。
「なんで馬鹿は風邪引かないって言われるかだよ」
「いや?」
馬鹿だから風邪菌にも侵されないんじゃなくて?と聞き返すと、藤巻は眉間に皺を寄せていた表情から一変、随分と意地悪そうに笑った。
「自分が風邪ひいてることにも気付かないからだぜ」
「……つまり?」
「馬鹿でも風邪をひく」
「……だから?」
追求するごとにに顔を歪めていく私を見ながら、藤巻はトトメ刺しに鼻を鳴らした。
「つまりてめぇは、結局馬鹿だってことだ」
苛立ったが反論出来ずに私は押し黙った。私の微妙な表情を見るやいなや、藤巻は腹を抱えて爆笑する。畜生、舞い上がった私は本当に馬鹿過ぎて反論ができない。腹がたったので藤巻の左足のすねを蹴ってやった。
「いでっ!何しやがる!!」
「…………」
「……お、おい?」
「…………」
反論出来なくて悔しかった私は彼のすねを蹴るしかできなかった。喉は痛いから迂闊に大声出せないし、頭が痛いから取っ組み合うこともできない。私は藤巻のすねを蹴ってから無言で怒りを表した。
そんな私の考えを知らず、マスクの下でぐずっと鼻をすすれば藤巻はあわて出す。
「ちょっ、な、何だよ泣くこたねぇだろ!?」
ない。だが勘違いする藤巻が面白いので放っておくことにした。私は演出のために少し俯いてまた鼻をすすった。
「悪かった!悪かったって!!俺はだな、てめぇが心配っつーか……、調子狂うっつーか……」
「………………」
「からかうと可愛いからつい言っちまうっつーか……」
「……は?」
嘘泣きを止めて顔を上げる私に藤巻の目が見開かれる。嘘だったと分かり真っ赤になる藤巻を前に、マスクの中でにやついた私は彼に詰め寄った。
「てめっ……嘘泣きかよ!」
「藤巻もう一回言って」
「言うかよ!!」
「何でよ言ってよ藤巻ぃ!」
顔を背けて逃げようとする藤巻と、その腕をぐいぐい引っ張る私で耐久戦。力の入れすぎでお互い腕やらがぷるぷる震えても一向に動かない。
「はーなーせー!!」
「そっちこそ逃げんなっ……ごほっ、げほっ!!」
調子に乗って動いたせいで、体をあっためて咳が出た。藤巻の腕を放して、マスクをしているのに上からつい手を当てて私は咳き込んだ。喉が痛すぎる。
「げほっ、げほっ」
「おい、大丈夫かよ……!」
咳き込む私の背中を、藤巻は優しく撫でる。数分しておさまった私が、生理的な涙を浮かべて藤巻と向かい合う。
「ごめん、ありがと。もう平気。落ち着いたから」
「ああ……」
あー、うーと適当に喉から音を出して喉の調子を調整する私の前で、藤巻は人差し指で頬をかいていた。すると何かを決したように此方に手を伸ばす。
「ふじま、きっ!?」
マスクを引っ張ったかと思うと、触れるだけのキスをしてきて私は目が白黒した。顔を背ける藤巻が、引っ張った私のマスクを急に離したので私は口周りの痛みに眉をしかめた。
「あいだっ!何すん……!」
「早く治せよ」
食いつこうとする私の頭を彼が撫でたので、私は呆気にとられて続きを言うのを中断してしまった。そんな私を見ながら藤巻はいつも通りに笑った。
「じゃねえと調子狂う」
体調が良くない時は人肌が恋しくなる。よく言ったもんだ。こんなに藤巻の手が温かいと感じるのはきっと格言通り体調のせいだから。
「……馬鹿。風邪感染るぞ」