「どうした?」
「別に何でもなーい」
椅子に座り、後ろの席の机に頬杖をついたままぼけーっとしていた私の顔を、音無が覗き込んだ。
放課後、私と音無は一緒に日向待ちしているので、教室には私と音無しかいない。窓からは日暮れを知らせる橙色の柔らかな光が差し込み、カーテンを揺らした生暖かい風が頬を撫でた。ふと思い出したような表情の音無がこちらをみた。
「今度は何よ?」
「、お前はさ、好きな奴とかいないのか?」
「ぶっ!?」
いきなりそんな事を聞くものだから、私はは盛大に吹いた。何も飲んでなくて本当にに良かったと思う。飲んでいたら、3mくらい先まで水滴が飛んでたに違いないだろうから。
「突然、何!?」
「ん?今思いついただけ」
いる。好きな奴はいる。すぐ目の前にいる。最高に好きな奴はいる。
そう言いたいところを、喉の奥から出ないようにぐっと飲み下す。そんなこと、うっかり言ってしまえば空気が凍りついて世界が止まって壊れるに違いない。 ハハッ、冗談だよ と自分で言ってしまったら悲しくなって負けだとすらってしまったら悲しくなって負けだとすら思う。
だから、何も言えない。
「好きな奴ね……まぁいるっちゃいるけど……無理でしょうね」
「……人並みにお前も好きな奴とかいるんだな」
「喧嘩なら買うぞ」
「あ、悪い。で、誰なんだ?」
音無が珍しく詮索を入れ始める。恋ではないんであろうが、そうやって興味を持たれるのは悔しいと同時に嬉しい。
「言わないっての!」
「なんだ残念だな」
「そういう音無はいないの?」
ふと口からでた言葉に自分がびっくりした。どさくさに紛れて物凄いこと聞いてしまった…!これで誰かが好きだよ、なんて言われたら、私は自分で自分にトドメを刺してしまったと寮に帰って泣くんだろう。しかし引き返すにも引き返しにくくて、そのまま返事を待った。
音無が口を開くまで、私のドキドキは痛いくらいになっていた。痛くて、痛くて、恋の痛みと一緒にこのまま消えてしまいたかった。
「いるよ」
覚悟はしていたけど、息が止まった。さっきまで聞こえてた秒針が私の耳には一切入らなくなった。今のタイミングで、音無に好きだって。場違いなのもタイミング違いなのも、寧ろ空気を読んでなくてもいい。伝えられたら。
そんなことが頭の中を回転して、思考機能と運動機能が停止している怪しい私に、音無がにこやかに追い討ちをかけた。
「うーん、結構……脈があると思うんだけどな」
「へ、へぇ……音無意外と策士なんだね……」
そう上手く切り返せた自分を全身全霊で誉めてやりたかった。音無は相変わらず微妙に笑みを浮かべて私のことを見るばっかりで、私は怪訝そうな顔をしていたんだろう。
「……で、それ誰?」
「ん?」
「へぇ、音無は……」
……今、私の耳は故障した。
「……ん?」
「……ん?……お前だよ」
「……音無、私、言いたい事を言ってもいいかな?」
「あぁ、いいよ」
音無が普段見せないような笑顔を浮かべたものだから、実感がわいてきて。飛び付くように机に身を乗り出した。音無に伝えたかった事を伝える為に。
「音無!私っ…!!」