今日も晴れ渡る青空の下、中庭に集まる人だかりの真ん中で私は長槍を構えていた。最初の時よりも人数の減ったギャラリーを少し残念に思いながら、私の瞳の真ん中には自然色とは思えない髪色の彼がハルバードを構えていた。
「フッ……あんたをついにのす日がきて嬉しいわ……」
「ほざけ。いつも逃げ回ってた癖によく言う……」
早くも勝ち誇ったように口端を持ち上げる彼に私の胃がむかつきを覚えて縮小した。
「アンタがいっつも変な時に言いに来るから悪いんじゃないの!」
「変な時とはなんだ」
「深夜とか風呂上がりは変な時間だっつーのよ阿呆!明らかに自然色してない髪の毛の奥にはへちまでも詰めてあんの!?」
「へちまってなんだ」
私の喧嘩の売り文句を聞いた野田は首を傾げた。
ギャラリーの中にいた日向がすっと出てきてはへちま(ウリ科のつる草。実は長く,繊維はあかすり用になる。[俗]つまらないもののたとえ)について説明すると野田はみるみる怒りを露わにした。
「頭の中身がすかすかとはなんだ!例えが分かりにくいわ!スポンジにしろ!!」
「いや、つっこみ所が違うだろ」
音無からも素晴らしい突っ込みを頂いたところで、私たちは睨み合った。馬鹿らしい空気が霧散して、長槍とハルバードの構える金属音だけが響き渡った。周りに静寂が満ちる。実際たかが喧嘩だが、前線部隊の前衛組である私と野田の戦いに技術的な部分を求めて見にくる人もいるからギャラリーが耐えた試しはない。
いつもは引き分けで終わるが、今日は完璧に野田をのす算段を頭でイメージトレーニングしてきたのだ。負けるつもりはこれっぽっちもなかった。
「…………」
「…………」
きゅう、と突如間の抜けた音により緊張感に満ちていた空気が一気に霧散した。ちなみに、音の主は私だ。
「…………無理」
「……は?」
間の抜けた声を出したのは今度は野田だった。構えを解いて長槍を肩に添えた私は野田に背を向けた。気合い入ってたから大丈夫かと思ったら全然大丈夫じゃなかった。
「お腹すいた。帰る」
私は食堂に歩き出したが、数歩歩いたところで肩をがっつり掴まれて足を止めた。言うまでもなく掴んだのは野田だった。
「なんだ貴様!腹が減ったから帰るだと!」
「だって我慢するの良くないし、今朝起きるの遅かったから朝ご飯も食べてないんだもん」
「貴様の飯事情など知るか!」
私が振り返らずに対応していると、野田はまたぐちぐちと表現するには大きすぎる声量で私に文句を撒き散らす。周りのギャラリーはもうやらないだろうと目星をつけて散り散りに解散していくのに、野田は一向に文句のマシンガンを止めない。
「逃げるのか腰抜けが!」
「あーもーうるっさいなぁ」
このままでは食堂までついてくるであろう野田を黙らせないとゆっくりご飯にもありつけない。私は大きくて長いため息を零した後、思い切り振り返り野田の胸ぐらを掴み、その勢いに怯んだ野田を口を黙らせた。
「なんっ……!?」
「……ぷはっ、はい黙ったね。じゃ、ご飯行くから邪魔しないでね。また今度相手するから」
野田はもちろん、ぐだぐだと残っていた数人のギャラリーも目を開いて黙っていた。私はそんな人たちを置いて、唇をなぞりながら食堂に足を向けた。
ピュアボーイの黙らせ方
(ついでに役得)
「さ、探したぞ!!」
「……探したぞも何も、食堂に行くって言ったじゃん」
「ぐっ……そ、それよりさっきのはなんだ!!」
「キス」
「そそそそんなことを聞いている訳ではない!!」
「じゃあ何よ」
赤くなりながら野田はどもっているが、気がある私はただの役得だったのでにやにやしながら彼を見ていると、顔を反らしながら珍しく小さく彼は呟いた。
「ああいうものは、その、恋人同士がやることだろうが……」
「いいじゃん私野田好きだし」
「……っ!!!」