好きな子ほど虐めたくなる。
昔の人はよく見つけたもんだ、そんな加虐性の高い好意。なんたってそれが当てはまって、現代の人類の一部にちゃんと当てはまっちゃうんだから昔の人って本当にすごい。その言葉に当てはまる人間としてとても尊敬できると思う。
「お、おい……」
分かりやすい例に例えるなら、可愛い子猫を見ていると力任せにわしゃわしゃやりたくなるあれだ。あの心臓あたりにもやもやと湧き上がる衝動。
「……おい!聞いてんのか!!!てめぇ!聞けッ!」
鼓膜をビリビリと空気振動で叩かれてはっとした。不服そうなアルトの声が脳までたどり着くのに数秒。私は声の主が藤巻であるのにやっと気付いて彼に視線をやった。
そう、プールの飛び込み台から水辺に落ちそうになり、まぁ助けてやるかとやる気なく出した私の腕を必死に掴みながらぷるぷる筋肉を震わせて踏みとどまってる結構不様な彼に。
「何よ、現在進行形の恩人にその態度は。沈めるわよ」
「何に!?」
「お水様に。そんでもって足で踏みつけて這い出てこれないようにしてあげる」
「てめっ!ふざけ!?揺らすな揺らすな揺らすな!!」
ギャグ顔の藤巻を見て、ふんと鼻を鳴らして腕を左右に振れば、私の腕が命綱の彼も少し青ざめた顔で振り回される。私の加虐性ときたら本当に酷いもんだと自分ながら思う。
「あ、でもアンタを溺死させるお水様が勿体ないからそのまま息止めて」
「はぁー!?」
私に振り回される彼を見てるとどうにも楽しくて仕方がない。しかしながら、私と藤巻はよく一緒に行動する、端から見れば『仲良し』であることを今更ふと思い出した。
「あのさぁ藤巻」
「んだよ助ける気になったかよ!?なら早く……」
「あんたドM?」
真面目に聞いてみた。その時の呆気に取られた藤巻のアホ面加減ときたら、辞書の『アホ面』の認定公式写真として後世に残すべきだと思わせる顔だ。
「……は?」
ただでさえ小さかった黒目がさらに小さくなって、説明の追加を求めた彼は黙って私の返答を待っていた。
「いや私にこんなにいじられてるのに一緒にいるから、余程のド級マゾヒストなのかと」
「ばっ……!?」
やけに冷や汗をかいた藤巻が大口開けて、慌てた様子で右手を使い私の腕を深くつかみ直してグイと眼前まで一気にあがってきた。その気迫に珍しく私は気圧されたのだ。
「好きじゃなかったら誰がてめぇなんぞとつる……ッ!」
勢いで言った藤巻は停止して、さっきよりもだらだらと冷や汗を流し始める。
とりあえず、私は彼を蹴り落とした。
「わぶ……っ!」
「ば、ば、馬鹿の藤巻の癖に!生意気なこと言うんじゃないわよ!!」
不意打ちくらって精神的な優位が揺らいだ私は慌ててその場から逃げ出した。