「のーだー」
「………」
「……ま、寝てるか」
やわらかな日差しが木漏れ日に変わって降り注ぐ、穏やかな昼下がり。木陰で居眠りをしていた野田の隣へと腰を下ろした私は、一緒になってごろりと木の根元に体を横らわせる。声をかけてみるがまるで返事が無い。帰って来たのは彼の声の代わりに木の葉の擦れる音だけだ。
「おーい」
暇が極まっていた私は、起こすつもりで今度は小さく後ろからつついてみる。小さく身動きするものの、彼の眠りを妨げるまでには至らなくて、結局すぐに戻ってしまう。
「こらー、のーだー!」
「………」
昼寝にしては、どれだけ眠りが深いんだ。揺らしても起きない野田に、段々と胸がむかむかと痛みだす。それから十数分粘ってみた私は結局諦めて、彼に向ってを背を向けるように寝転び、不貞寝することを決めた。
(……もう知らん!)
起こそうとしているのに起きない野田なんて、と無茶だと理解しているが拗ねてみたくなった。こんな穏やかな時間なんてここ最近の激化した天使との戦闘ではありえない時間だ。貴重な時間だから構ってほしいのか、貴重な時間だから拗ねてみたいのか、どちらなのか自分でも自分の真意も分からないまま瞼を閉じる。
「………」
「………」
視覚がシャットダウンされて、聴覚が活性化する。野田の寝息が聞こえる。木漏れ日の葉擦れ音が、遠くの校舎の生徒の声が、鳥が飛ぶ音が、川を流れる水流の音が、私の呼吸が。たくさんの音が耳に情報として一気に流れ込んでくる中で、一つの音がふと消える。
微かな音が聞こえなくなって私は首こそ傾げなかったが、頭の中ではクエスチョンマークが浮かびあがった。がさり、と葉擦れとは明らかに違う芝の葉音。
「……何を拗ねている」
一瞬だけ、心臓が止まった。心臓と一緒に体中の血液も止まった気すらする。心臓を止めるスイッチだった低く落ちつきある声は、私の現状など知らずにその声で囁いた。
「言っておくが起きていたぞ」
「……なにそれ、意地悪すぎ」
彼には絶対顔を向けない。背中を向けて瞼を閉じたまま、私はその背後の声に答えた。葉擦れ音が大きく聞こえる私は、自分の声がそれにかき消されたかと思っていたが、当人には伝わっていたらしく小さく笑う音が漏れる。
「……笑うな」
「すまない。……で、何に拗ねている」
「知るか、鈍感男め。しね」
「既に死んでいる」
構ってほしい、なんて口が裂けても言えるわけがない。それで意地になって「しね」なんて言ってみたものの、彼に真意は伝わらず、真面目に返される。さらに苛立ちを覚えた私は絶対に返事を返してやらないと心に誓った、瞬間―――
小さなリップ音が聞こえて右頬にふんわりとしたやわない感触。飛び起きた。
状態を起こして右頬にキスを落とした野田はあっけからんとした様子でこちらを見ていて。私がキスされた右頬を抑えながら睨みつけると、野田は眉間に皺を寄せて困った顔をする。
「それご機嫌とったつもり?」
嬉しさに微妙にひきつった口元が、プライドとぶつかってさらににやけそうだったり、それを阻止しようとしたりと大層忙しくしている。嫌みのつもりでs吐き捨てれば、これまた彼は眉間に皺を寄せたまま、あっけからんとした様子で答えた。
「そのつもりだ」
ぐっ、と喉の奥で言葉が引っかかって止まった。そう言われて、文句が言えるはずがない。けれども許してしまうのも釈然としない私は、今口に出来る精いっぱいの言葉でたった一言罵倒した。