「飛び立ちたいって思ったら、人間飛べると思うの」
出だしはそう言った。そうすると、一緒に屋上で昼ご飯を食べていた野田は怪訝そうな顔をした。そして一言。
「……頭おかしくなったか」
「そんな『ついに』みたいな言い方しなくてもいいじゃん」
「ついに、だ」
しばらく私を見ていた野田はくだらない話だと思ったのか、視線を私から弁当箱に移した。
「こう、屋上から地平線見てるとふわふわする気がし……」
「ふわふわしてるのは貴様の脳みそだ」
「むしろお前を屋上から飛び立たせてやろうか」
売り言葉に買い言葉、野田の言葉を喧嘩腰に受け止めて『最後まで聞け、屋上から蹴り落とすぞ』と遠まわしに脅しかけると彼は黙った。
「……で、すーっと視線を全部あっちに持って行かれて、全身の感覚が鈍くなって」
「それで?」
「気が付いたら浮けるんじゃないかって」
「……馬鹿か?」
ジェスチャーを交えて説明する私は、『浮く』の説明の為に浮かせた左足を野田に打ち込んだ。わき腹にヒットした彼はうずくまる。
「ぐぉっ!……、貴様……」
「私、逃げたいのかなぁ……」
「…………」
彼も私も急に黙る。地平線の向こう側へとふわふわ浮いてすーっと消えていく自分を思い浮かべる。この終わりがない世界から抜け出す想像。
「……逃がして欲しいか?」
じろりと彼を睨む。
「……この世界から?」
「そうだ」
野田は考えなしの筋肉馬鹿だが言ったことには責任もつタイプの馬鹿だ。そう言うことを言い出すということは何か策があるんだろうが……。
「……アンタ本当馬鹿だね」
「なっ……貴様!」
「私だけ逃げ出してどうすんの。アンタも一緒じゃないと」
「ぶっ」
想像の中でふわふわと地平線の彼方へ消えていく妄想の私の虚像の隣に、手を繋いで一緒に地平線へ向かう野田の虚像が見えて私はそれを見送る。
「アンタがいないと脱出だって意味ないの」
「……馬鹿が」