※Attention

・レンアイイデンシの世界(ニッ亀)へ、マイヒーロー(新実写)のヒロインがディメンションしちゃった設定

・向こうの夢主は一度世界線を越えて帰ってきている

・マイヒーロー完結済み前提



Write//佐丸

 部屋の中はたいそうカオスだ。赤いハチマキの二足歩行している小亀に、押し退けられようと蹴られようと喜びの笑みを浮かべたまま頬ずりをする金髪の美少女。真顔でそれを見ている青ハチマキの小亀、笑みを浮かべたまま手を出さない黄色ハチマキの小亀。それから、ソファーの上で片足を折り畳み、その上で機械の箱をいじっている紫ハチマキの小亀。同じソファーの背からこの家の出入り口をのぞきこみ、頬ずりする美少女を眺めている私。

「ああ最高だよ。今日もこのラファエロ成分で、面倒でこの上ないプチ出張を乗り越えられる。まぁ帰ってきたらまたすぐさま消費した分を補填させてもらうけど」
「ばっ、帰ってきてもさせねえよ!つーか離れろ!もう十分だろ!」
「十分なんてことはないさ。24時間このままで私はいっこうに構わな……」
「おい、プチ出張に行くんじゃないのか?」

 レオナルドの声に、金髪の彼女は一度動きを止め、心底面倒くさそうにのどの奥から大きなため息を吐き出す。自身を蹴っていたラファエロの足をなでながら、彼女はやっと身を引いた。

「仕方ない、帰ってきてから存分に堪能させてもらうことにしよう」
「させねえっつってんだろ!!」
「そこは疲れたおねーさんにサービスしてほしいね」
「誰がするかよ」
「……はは、手厳しいな」

 そう言って、彼女は笑いながら眩しそうに目を細めた。そっぽを向いているラファエロは気付かなかったが、私は見覚えのあるその微笑みにあることを察した。手に届かないものを見るような、儚げなあの笑みは……

(あの人、もしかして……)

 毒よ抜けないでと願ったあのときの自分を思いだした。切ないほど締め付けられる胸の苦しみ。つまり、そういうことなのではないだろうか。彼女は、ラファエロのことが……

「というわけで、行くとするか。レオ、マイキー!」
「ずいぶん待たされたぞ」
「よぉし、レッツラゴー!!」

 彼に悟られる前に、気丈な彼女は儚げな表情をかき消した。一瞬で先ほどまでの、ちょっとねじのはずれたテンションに戻り、両脇にいた二人の小亀に腕を絡めて上機嫌に出ていった。

「…………」

 にぎやかな三人が家から出ていき、しんと空気が音を発した気がする。唯一の音は、ドナテロが機械をかちゃかちゃといじっている小さな金属音だけだ。

「……あいつら、どこに行くって?」
「彼女のオフィス。なんでも尻拭いしにいくんだって」

 ドナテロが答えると、ラファエロは出入り口を眺めながら黙り込んだ。こちらには背を向けていて、彼の表情を見ることはできない。ただ、もの惜しげにいつまでも見送るその姿で……なんとなく、察してしまった。素直じゃない小亀の小さな後悔を。

「あ、部品足りないや」

 ドナテロが誰に言うでもなく呟いて立ち上がると、ぽてぽてと軽い足取りで自分の部屋へと歩いていってしまう。紫がたなびくその小さな背中に、私の知っている7フィートの背中が一瞬だぶついた。私の知っている臆病な、素直になれない亀。ぼんやりと見送っているうちに、その姿は扉の向こうに消えた。
 意図せず二人になってしまったラファエロの背中に、私はぽつりとつぶやいた。

「……素直に、心配だから送ってやるって言えばいいのに」
「んな……っ!?」

 とても勢いよくこちらを振り向いた彼の表情には、たなびいたハチマキの色と似た色が滲んでいる。わかっていたけど、やはり図星らしい。驚きに見開かれていた目が、一拍おいて睨むように細まった。

「言ってねーだろ、ンなこと」
「……顔、赤いよ」
「赤くねーーーしッ!!」

 ぜぇぜぇと肩で息をするほど全力で否定する彼。それがむしろ怪しさを倍増させていることにどうして気付かないんだろう。バレバレなのに首を縦に振ろうとしない意地っ張り。私の知っているガイズにはいないタイプの厄介くんだ。

「……いつまでも、そのままではいられないよ?」
「は?」
「ずっと変わらない関係なんてないんだよ。ちょっとずつ、目に見えないだけで、だんだん変わっていくんだよ」

 体の中の血が入れ替わるように、病気の抗体が体内でできあがっていくように……そして、体をむしばむ毒がゆっくりと薄まっていくように。ずっと変わらないように感じている繋がりは、気がついた頃にはすっかりとその姿を変えて、ある日突然変わったという現実を突きつけてくる。

「気がついたときには、もう遅いよ。間に合わなくなる」
「……間に合わなかったことが、あるのかよ」

 ぽつりとこぼした私の声になにかを感じ取ったのか、彼は興味を示した。おそるおそる聞いてくる彼に、私はへらりと笑ってみせる。

「私はないよ。全部セーフですべりこんだ」
「なんだよ、ないのかよ」
「でも、一歩間違えれば違う結末だったのかなって思うと怖いね」

 自分の気持ちを伝えなかったら、彼が本心を叫ばなかったら。もしかしたら私とマイヒーローをつなぐ糸は、笑顔の下に本音を隠したまま、建前の笑顔でバイバイしていたのかもしれない。
 しみじみとした私の声に、小さなラファエロは黙り込んだ。

「…………」
「……どう滑り込んだか知りたい?」
「べ、つに。知りたくねえし、興味もねえよ」

 こんなところでも素直になれない彼に、私はにこにこと人のいい笑みを浮かべる。なるほど、彼女が夢中になるのもうなづける。これは可愛らしい生き物だ。
 ただ、第三者にはこんなに分かりやすいのに……肝心の彼女にだけ、その甘い本心を怒りの中にうまく隠しているのだから、そこだけはたちが悪いと言えるだろう。

「聞いてほしいな」
「誰が……」
「じゃあ独り言。あー、あのときは……」

 大人の入れ知恵をちょっとだけしてあげよう。ラファエロに背を向けてソファーに正しく座り直した私は、わざとらしく声を上げた。

「よかったなぁ、素直になって」
「…………」
「本心を、ちょーっとだけでも言葉にしておいてよかったなぁ」
「……うるせえ独り言」

 ちらりと後ろを振り返ると、こちらを見ていた綺麗なエメラルドグリーンの瞳とばっちり目があう。それはすぐさまそらされてしまったけど、私は小さく笑みをこぼした。

Afterword//佐丸

長々やらせてもらってすみません、あと1話分だけ続きます。


コラボ先の連載はBaiyouEki様をご覧ください!