02 大きくて優しい亀
「……これで、よし」
紫の鉢巻をした彼――ドナテロと呼ばれた人物が、折れた翼に添え木をして、そっと固定した。いや、正確には一つだけ間違いがあった。彼らは"人"ではなったのだ。
私の知っている人間とは異なる、黄緑色の肌にくすんだ茶色の甲羅。小さな脳みそで覚えている限りでは、私と同じ『生き物』に分類される生物だと思ったのだけど、はて私の知っているその生物は二足歩行で人語をしゃべっただろうか。たぶん、答えはNOだ。
「もういいの?触っていい?撫でていいの?」
「翼は駄目だよ。マイキー」
「わかってるわかってる!」
マイキーと呼ばれた人物――いや、亀物?亀でもういいか――は、人間よりも太い指で、そっと私の頭から背中にかけて生え際に沿うように撫で……同じ経路を、今度は羽に逆らうようになぞった。生え際に逆らって撫でられた私に、ぞわぞわと嫌な感触が伝わる。
(ちょっと、やめてよ!生え際の逆はやめてよ!)
「わっ!つっついてきた!こいつ意外と凶暴だ!」
「マイキーの撫で方が悪かったんじゃないの?」
「えぇ~?そうなの?」
(そうだよ)
長い羽が生えている場所を、羽が生えてる方向とは逆に撫でないでいただきたい。意義を申し立てて鳴くと、ドナテロは「ほら」と冗談めかして笑った。マイキーは不服そうに頬を膨らませて、明後日の方向にそっぽを向く。
すると今度は、青の鉢巻をした亀――道中、レオナルドと呼ばれていた――が私を覗き込んできた。
「鳥って、どう撫でるのが正解なんだ?ドナ」
「何でも僕に聞かないでよ。えーっと待って、今調べるから」
「うっわ、レオずっこーい。最初から正解を聞いてやんの!」
「バカ、小さくて弱い生き物なんだぞ。変なところを触ってまた怪我させたらどうするつもりだ」
一人がパソコンのようなものを操作し、二人が顔を見合わせて喧嘩していたので、私はちょんちょんと小さな歩幅で長テーブルの上をランニングする。薄暗い部屋を見回しながらテーブルの端まで行くと、大きくて太い足が見えて、その元をたどるように見上げた。
(あっ!)
私を轢いた、目つきの悪い赤い鉢巻の亀――ラファエロがどっかりとソファーの座り込んでいた。
「……あ?」
(うわっ、怖い)
暗闇の屋上よりは明るい部屋で見ると、ますます目つきが悪い。
私を轢いた張本人で、目つきも悪い。普通なら二度と近寄りたくないところだけど……
(この人、やけに手付きが優しかったんだよね)
お前の責任だ、と周りの三人に私を押し付けられた時。救い上げた手つきは、太くてごつい指からは想像がつかないほど丁寧で優しいものだった。どうにも、あの、眠りに誘うほど優しい手付きが気になってしまって……
「お前、バカか。お前に怪我をさせたのは俺様だぞ」
(……こうやって、小鳥相手に律儀に話をするところとか)
妙にほっとけないというか、関わらざるを得なくなるような言動と行動が、このラファエロにはあると思う。
テーブルの端で、ちょんちょんと飛び跳ねる。そっちに行きたいよ、という意思表示。
「…………」
めげずに飛び跳ねる私をじっと見ていたラファエロは、ため息を一つついて曲げていた膝を伸ばした。すると、ソファーに座っていた彼から、低い長テーブルへの架け橋が出来上がる。私は、テーブルに接触しているラファエロの脛へと飛び移ると、脛から膝へ、膝から太ももへと、彼の足の上をランニングした。
(あ、この人いい人だ。……間違えた、いい亀だ。いや、もう人型だから人でいいか)
私の翼は折れているんだから、彼が膝を伸ばさなければ彼に飛び移ることもできなかった。それなのにわざわざやりたいようにさせるなんて。
ラファエロの太ももの上でチチチ、と鳴くと彼は指を下ろしてきた。乗れということなら、乗りましょう。太ももから、彼の指先へ。
「お前、警戒心を持てよ」
(確かに、そうかもしれませんねぇ)
チチチ、と小さく鳴く。彼にとっては「わかってません」の意味に聞こえたのだろう。爪楊枝を加えている口から、盛大なため息がこぼれた。
じっとこちらを見てくる彼に、私が首を傾げると……あの、妙に優しい手付きをした指が近づいてきた。
顎の毛をくちばしへ、ちょいちょいとくすぐるように撫でる。
(わっ、わかってる!この人、わかってる!すごく気持ちいい!)
「…………」
(顔は怖いし、人間じゃないし、目つき悪いし!でも許した!)
まさか4人の亀の中で、一番小動物に縁がなさそうなこの人が、こんなに撫で方を熟知しているとは思いもよらず。ぴゅるぴゅると油断した声が零してご機嫌になっていると……
「あーーっ!ラファばっかりずるい!」
「!?ば、バカか!鳥くらいで大騒ぎすんな!」
マイキーの声に、びくりと体を震わせたラファエロは、誤魔化すように慌てて撫でていた指を離した。
一人で異議申し立てるマイキーの後ろで、ドナテロとレオナルドが温かな目でこちらを見ていたので……その瞳で、私は大体の事情を察したのであった。
(人は見た目で判断しちゃいけないと、そういうことですね。わかります)