04 炎のような赤のボロ布
(ラファ、ごはん)
「……なんだよ、」
(ごはんだっつーの!!)
「いでっ!いででっ!」
学習しないな、この亀は!私はそう思いながら、ラファの太ももを執拗につついた。もはや毎朝見る光景といっても過言ではないくらいだ。そう、毎朝この人は私の世話を忘れる。毎日定位置で筋トレをすることは忘れないのに、私の世話は忘れるなんて。毎朝頼んでるんだから、そろそろ覚えてくれてもいいんじゃないだろうか。
「エサだろ。ラファ、さっきまで覚えてたのにどうして筋トレを始めると忘れるんだ」
「知るかよ、そんなこと」
ニュースを見ていたレオに言葉で小突かれて、私にくちばしで小突かれる。
大きなため息をついたラファは、私を膝から肩に乗せて立ち上がった。ゆっくりとした足取りで、私のエサを用意し始める。ここまでくればもう安心だ。
ラファがエサを用意していると、床で寝転がりながらマンガを読んでいたマイキーがにしし、と笑った。
「可愛い名前つけてあげたのに、まだ愛着ないの?ラファは冷たいよなぁ~」
「黙れ、マイキー」
「愛着うんぬんの問題じゃないと思うけど、意識は足りてないんじゃない?」
マイキーに続いて、パソコンに向かっていたドナからも言葉の槍が飛んでくる。
それをとどめに機嫌を損ねたラファは、小さく呻いてからエサ箱を投げるように長テーブルの上に置いた。エサ箱の目の前に私を降ろすと、荒っぽい足取りで方へと消えて行ってしまった。
「あーあ、拗ねちゃった。ドナが余計なこと言うから」
「お前も言っただろ。お互い様だよ、どう考えても」
「それにしても、このまま毎日俺たちが小突いてたんじゃ毎日不機嫌だぞ。あいつ」
「小突いてるのは鳥ちゃんも一緒だけどねぇ」
「その子が小突いているのは、物理的にだけどね」
(ごもっとも。釈明の余地もないね)
私を含めた全員に指摘されれば、ひねくれもののラファが機嫌を損ねるのも当たり前だ。あの人は、直情的過ぎて拗ねやすいのだ。そういう意味では、ある意味マイキーより子供っぽいと言えるだろう。なにせ聞いたところによると、この亀たちは全員ティーンエイジャーというんだから驚きだ。いや、むしろ子供っぽさを納得するところなのか?
「言う前に気付いてくれればいいんだがな」
「……超名案が思い浮かんだ!」
マイキーは、手元にあった週刊マンガ雑誌を投げ出した。しかし、そんなマイキーの思いつきに対して、ドナとレオは苦い顔をしただけだった。
「だったら、こういうのはどう!?」
きらきらと目を輝かせて、マイキーは懐からあるものを取り出した。それをこちらに見せびらかしながら、誇らしげに胸を張る。
「ああ、なるほど」
「それなら、いやでも目に付くね」
それを見たレオとドナの反応は、思ったより上々だったようで……
「鳥ちゃん、こっち来て!今から超名案、きみにも見せたげるから!」
(名案って……なに……?)
* * *
(おはようございます)
「……お前、なんだそりゃ」
チチ、とラファの前で小首を傾げてやると、ものすごく怪訝そうな顔をされた。
私の首には、ラファと同じ赤いボロ布がスカーフの様に巻かれている。俗にいう、お揃い。ペアルック。
「どうどう?僕が提案した!これなら愛着がマッハで沸くっしょ!」
「ラファと揃いの赤。確かに目立つよな」
「お揃いだね」
「お前、これ揃いっていうか…… 俺の布だろ?」
マイキーがこの布をどこから持ってきたのは知らないが、ラファが私のひっかけている布を見て眉をぴくぴくとひきつらせている。レオとドナが、マイキーに視線を送ると、見られた彼はわざとらしく明後日の方向に向かって口笛を吹いていた。なんという白々しさ。
「……腰布引きちぎったのはてめぇか、マイキー」
「な、何のことかねぇー?」
「そもそも、につけるって決めてから引きちぎったわけじゃなかったみたいだよ」
「ああ、思い立った時には布が手元にあったしな」
「あっ、ちょ!ドナ、レオ、裏切り者!!」
「てめぇ、どうせなにかやらかした時、俺に罪を擦り付ける気だったんだろ」
(ああ、偽造証拠かぁ……)
「とりあえず、一発殴らせろ!!」
「ぼ、暴力はんたーい!!」
バタバタと、ソファーの周りを駆け回り始めるマイキーとラファ。二人の追いかけっこを見て、レオは手元の本に、ドナはモニターに視線を移した。もう興味がないらしい。
かという私は、食事に集中しようにもあたりに埃が立ち込めて、何となく食べられずにいた。
(とりあえず、落ち着いてくれないかなぁ)
辺りを巨体が2つも走り回っていたら、振動でエサ箱がカタカタと音を立ててしまう。困り果てていると、走っている巨体が一つ、私のそばにやってきて……片手でむんずと私の体を掴み上げた。
(のわっ!?)
「てめっ、マイキー!翼は触ってんじゃねぇよ!!」
「触ってまっせーん!」
私を人質……もとい鳥質にとることで、マイキーはやっと休めたのか肩で息をしていた。
「さぁ、ラファ!に危害を加えてほしくなければ、もう殴らないと誓うんだ!」
「……危害を加えんのか?」
「それはラファ次第かなぁ」
「……加えたら……」
ラファの目が一段と細くなって、目つきの鋭さに磨きがかかる。
「三十倍殴ってやる」
私だけでなく、マイキーもその迫力を感じ取ったのか、喉から「ひっ」と悲鳴をこぼした。
「ただし、今離せば一倍で済むぜ」
(……ラファ)
「そ、そんな怒らなくたっていいじゃんかよぉ……」
ラファの本気の脅しに、怯えたマイキーはそっと私をテーブルの上に置く。そして両手をあげて、降参のポーズをとった瞬間――ラファの強烈な一撃にふっとばされていった。……南無。
「おい、ドナ。の翼、診ろよ」
「そんな心配しなくて平気だよ。マイキーだって手加減しただろ。そこまで本気にならなくても」
「ははっ、ラファは小動物に弱いからな」
「ちっ、うるせぇよ……」
ばりばりと頭をかいて、自室へ消えていくラファを見ると…… なんとなく、お揃いの赤がやけに誇らしい気持ちになり、私は上機嫌に喉を鳴らしてエサ箱をつついた。