06 いびつで優しい居場所


「……うん、いいんじゃないかな」

 ドナは私の翼をもそもそと触って、小さく頷いた。もう、直接触られても痛くないし、動かすことだって苦じゃない。
 診察される私を取り囲んでいた六つの目が瞬き、三つの口がほころんだ。

「よかったじゃん、
「あそこまで世話させておいて、全然治ってなかったなんていったらどうしてやろうかと思ったぜ」
「だが、まだ油断は禁物だ。治りかけなんだろう?」
「うん、完治じゃないね。だからまだ世話は必要だよ」
「……なんでこっち見んだよ」
(そりゃ、ねぇ?)

 すこし嫌味っぽい笑みを浮かべたドナテロは、触っていたわたしをラファの元に差し出した。一瞬嫌そうな顔をしたラファは、もう習慣というか慣れたというか……当然のように私を掌に受け取り、そっと肩に乗せる。ここ最近は、このラファの肩の上が私の定位置だ。

(そういえば、さっきドナが……)

 治療をしていた時のドナが、小さな声で「これなら少しは……」と呟いていたことを思い出す。これなら少しは……続きはなんだろうか。ラファの世話が楽になる?早く完治する?多分、違うだろう。彼の続きはきっとこうだ。

(これなら少しは、飛べるはず!)

 翼を広げると、首から背中に結んである布がばさりとはためいた。そこから、今までの感覚を思い出しながらラファの肩を蹴り――

「あっ!鳥ちゃんが!」
「うおっ!?」

 ――飛んだ。
 久しぶりの浮遊感と風を切る感触に、自然と気分が高揚してくる。今ならどこだって行ける気がして、翼を斜めに傾けて滑空しかけて……片翼からかくんと力が抜けた。室内の風を受けていた翼が傾き、羽の下に溜まっていた風の浮遊力が一瞬で逃げる。

(やばい、落ちる)
「危ねぇっ!」

 危険を察知した瞬間、ラファのごつくて大きな手がすかさず受け止めてくれて……私はもちろん、この部屋にいた全員が安堵の息をついた。

「馬鹿が。調子乗んな」

 ラファの手の上で安心しきっていると、もう片方の指で軽く小突かれる。ラファにとっては軽くかもしれないが、私にとっては頭の中身がぐわんと回りそうなほど強い力なんだけど、そのあたりは理解してくれているんだろうか。

(いやでも本当に、おっしゃる通り)

 反論の余地もないほど正論なので、私はくちばしを首の下にしまい込んで、その小突きを甘んじて受ける。そうしてしばらく小突かれ回されていると、ふと扉の開く音がリビングに響いた。

「お前たち!鳥の世話をするのもいいが、役目は果たしているんだろうな!」
「げっ!せ、先生……!」

 鍛錬室の奥から現れたのは、亀たちの父親分、ネズミのスプリンター。その一喝に、マイキーとラファが目をそらした。それは露骨な後ろめたさの証拠なんですけど、それはいいんですかね。

「先生。今日の鍛錬は2時間前に終了してます」
「鍛錬も、部屋の掃除も終わせました」
「良し。……ラファエロ、ミケランジェロ。お前らはどうした?」
「あっ、やばーい!先生あれじゃないですか、そろそろピザの出前が……あいたっ!」
「俺様はコイツの世話で仕方なく……うぐっ!」
「言い訳は鍛錬場で聞いてやろう!早く行け!」

 マイキーは苦虫をかみつぶしたような顔でうへぇと呟きながら鍛錬場へ向かい、ラファは手の中の私を見ながら目を細めていた。
 最初こそ睨まれていたり嫌われていたりしているのかとも思ったが……最近は、だんだんとラファの表情というか、言いたいことがわかるようになってきたと思う。たとえば目を細めてる今。まるで睨んでいるようだけど、これはきっと……

(私をどうしようか困ってるな、これ)

 誰に預けるか、困っているのだと思う。いつもの長テーブルに放っておけばいいものの、最近のラファは私に愛着たるものが沸いてくれたのか、よく気にしてくれる。なんだかんだで、私を一番構ってくれるのはラファなのだ。

「ラファ、どうした?なら俺が見ていてやろうか?」
「いや……」
「早く鍛錬場に行かないと、2倍どやされるよ」
(……どうしようか迷ってるなら、私が決めようか)

 さっきのようなヘマがないように、注意しながら飛び立った。掌から飛び立って、私が落ちないか心配してくれる心配性な彼の肩へ。目を点にして私を見る三人を前に、ピルピルと喉を鳴らし、意思表示のつもり。

(ラファと一緒にいるよ)

 そういう意図を込めたわけだが……不思議なことに、ドナもレオは同時に噴き出して笑い始めた。

は本当にラファが好きだね」
「ほら、ラファ。よかったな、が離れたくないそうだぞ」
「んなっ……!」

 からかわれたことが恥ずかしかったのか、ラファはハチマキと同じ色に頬を染めて眉間にしわを寄せる。
 ドナとレオに要約されて、あっさりと合点がいった。なるほど、私はラファが好きだから離れたくないのか。確かに、悔しいけど、この図体のでかい亀の手も肩も膝も居心地がいい。

「ば、馬鹿言ってんじゃねーよ」
「いやいや、今のタイミングで鳴くとか神がかってたよ」
「確実にお前を選んでたって」
「うるせえ!もう俺は行くぞ!!」

 憤慨したラファは、どかどかと荒っぽい足取りで鍛錬場へ歩みを進める。後ろからは「そう言いながら連れてくんだな」という冷やかしが聞こえてきたが、どうやら聞こえないふりをしたようだった。

(そういえば、ラファが鍛錬してるところ、初めて見るかも)

 ずっと長テーブルでお留守番してたから、と思い返していると……不意にラファの足が止まる。

(……ラファ?)
「いいか、お前に何かあったら俺の責任になるからだ」
(はぁ、そうですね)
「だから連れていくんであって、別にそれ以外の理由なんてねぇからな」
(だから私に言い訳してどうするの)

 私に必死に言い訳する姿が面白くて、鳴き声が零れそうになるのを必死にこらえた。こういった、未練がましいところを彼は兄弟に見せない。私と二人きりの時に、ぼそりと言う。それがちょっとだけ優越感で、ああ鳥でよかったと思うところでもある。

「つーか、お前は見てて危なっかしいんだよ。だから連れてく。そんだけだ」
(……!)

 とどめ刺しにそう言って悪戯っぽく笑い、私の額をぐりぐりと撫でる。それで一息ついたのか、ラファは鍛錬場への歩みを再開した。
 ずんずんと、肩の上で揺られながら、わたしは仏頂面の亀を見た。

(……なら、ずっと見ててよ。悔しいけど、その手の感触は嫌いじゃないの)

 さっきの笑顔も、そういうつぶやきも、正直言って反則だと思う。こういうことをするから、離れがたくなるんだってば。ああ本当に鳥で良かった。この気持ちがどう間違っても、この亀に伝わらないでいてくれるんだから。