07 浸透していく非日常


 長テーブルに用意された寝床で丸くなっていると、ガシャンと大きな音が鳴り、私は目を覚ました。起き上がると武器庫の方で何やらひそひそ話が聞こえてきて、見えにくい暗い空間に目を凝らす。見慣れた大きな背中が4つ、武器の保管棚の前に並んでいるのが見えて私は首を傾げた。

(こんな夜中に何してるんだろう……)

 テーブルから飛び立ち、誰かもわからない甲羅の上に降り立った。目を凝らせば、その甲羅の持ち主がマイキーであることに気がついた。

「あ、鳥ちゃんただいま。君も静かにね!」
(いや、うるさいのはあなたですから)

 各々が自分の武器を保管棚にしまい込む。

「全く、先生にバレたらまたハシ送りだぞ」
「ハシだけはごめんだぜ……」
「大体いつもハシ送りになるのは、お前のせいだろう!」
「ああそうかよ!だがもうその心配もいらねぇよ」
「ちょっとそれどういうこと!」
(うわわっ!)

 マイキーが突然身を乗り出したので、止まっていた地面が大きく揺れる。落ちそうになって、慌てて乗り出した先のラファの肩に私は移った。まさか私が来ているとは思っていなかったのか、ラファは一瞬だけ目を見開いて私の姿を確認すると、すぐさま視線を保管棚に戻した。

「独り立ちするんだよ。チャンスが来次第、すぐにな」
(えっ……!)

 すぐさま頭の中で先日テーブルでぐずっていたラファの姿が思い浮かぶ。「兄弟たちのそばにいられない」と言っていたアレのことなんだろうか。そばにいられないから出ていこうと?私の中に不安がよぎる。

(こんなにみんなのこと大好きなのに、独り立ちなんてできるわけがない)

 それは考えてたどり着いた結果なのではなく、私自身に言い聞かせている言葉だった。この家の景色を見てきた時間が短い私にだってわかる。この家は、この兄弟は4人じゃないとだめなのだ。誰ひとりかけたって、だめなのだ。

「あ、あー、みんな。みんな!」

 考え込んでしまっていたようで、緊張しきったドナの声に私は現実へと引き戻される。私を含めた全員がドナを見ると、彼は背筋を正してその動きを止めていた。

「敵機発見……」

 バチン、というブレーカーの上がる音と共に、視界が一気に明るくなる。誰がブレーカーを上げたのかなんて聞かずともわかる。ドナの緊張が全員の伝わって、4人はその場で銅像のように固まってしまった。そして彼らの背にはスプリンターが、鬼の形相で立っていた。

「お前たち……外に出て何をしていた!!」

 スプリンターの怒りが爆発し、その尻尾がレオの足を払うのを見届けてから、私はラファの肩を飛び立る。

「あっ、てめぇ!」
(いや、私関係ないし、知らないし)

 ラファの恨めしそうな声を背に聞きながら、何食わぬ顔で定位置のテーブルへ向かう。何食わぬ顔で飛びながらも、私の頭の中には、さっきのラファの言葉と嫌な予感だけが溢れかえっていた。


   *  *  *


 それからしばらくして、家に女性がやってきた。やってきたというより、正しく言えばラファたちが連れていたという方が正しいのかもしれない。
 私がこの家に来てから、自分以外の生命がこの家に来客するのは初めて見た。しかも、やってきたのは美人で綺麗な人間の女性。スプリンターはその女性を招き入れて鍛錬場の畳の上に腰を下ろすと、兄弟たちと私が見守る中、自分たちが異形になった日々のことをその女性に語った。

「待って父さん。7年前俺達を救ったのは……偉大なる『ホゴシャ』だって……」
「そうだ。彼女が……このエイプリルこそが、我々の『ホゴシャ』なのだ」

 彼女は異形であるラファたちが生み出されたルーツらしく、悔しいけど少しだけ妬けた。私が生れ落ちていない頃、彼らはその女性……エイプリルと関わりを持っていたというのだから。その上、彼らがまだ私のように言葉も話せない亀だった頃があったとか、彼らを狙っている敵がいるなんて驚きで……一度にたくさんの情報が入ってきて、私の小さな脳みそはパンクしそうだった。

(というか、私はラファたちのことを何も知らなかったんだな)

 生い立ちも彼らを仇なす的も何も知らず、ただ温かくて優しい手に警戒を解いて一緒に過ごしていたなんて……今更ながら、不思議な生活だと思った。なにせ見慣れてきたせいで、彼らが異形であることもすっかり忘れていたのだから。

「……というか、貴方たちペット飼ってるの?亀なのに?」
「……あ?」

 ラファの肩にいる私を見て、エイプリルは恐る恐る声をかけてきた。即座にラファの苛立ったような声が返り、彼女は口を閉じる。そんな彼女を見て、レオがラファのわき腹を肘で小突いた。

「こら、脅かすんじゃない」
「チッ……」

 舌打ちするラファの前に、マイキーが悪戯っぽい笑みで割り込んでくる。

「この子はねぇ、ペットじゃなくてラファの恋人だよ!」
(えっ)
「おい」
「メスだからね。いいカップルだと思うよ」
(えっ!?)
「てめぇら!!」

 眼鏡のブリッジを上げたドナまで参加してきて、ラファは怒りに身を乗り出した。その途端――部屋中にけたたましいサイレンが鳴り響いて、全員が顔を上げた。せっかく和んだ空気が、一瞬にして張り詰める。

「侵入者だ!やつらが来た!!」