08 世界を隔てる格子


 静かだった家の中が急に騒がしくなる。けたたましくなるアラームにその場にいた全員の表情がこわばる。ドナが駆けだしたのに続いて、4人はモニターにかじりついた。

「侵入者だ!ああ、どうしよう!ルート二つ……換気室と、武器庫だ!」
「よし、マイキー出動だ!ドナは俺と来い!」
「了解!」
(な、なんなの?なにが起きてるの?)

 突然来訪者が来たと思ったら、間髪入れずに侵入者。ここに住んでいて一度も聞かなかった物騒な単語に、私は目を瞬かせた。飛び込んできた非日常に思考回路が追いつかない。

「おい、!」
(ラファ!)

 駆け寄ってきたラファに飛びながら寄ると、その大きな手で私を鷲掴みにする。

(うぇっ!?)
「てめえはもう飛べる。……ここでお別れだ」
(えっ……!?)

 眉間にしわを寄せて、苦しそうに表情をゆがめるラファ。それだけで、わかってしまった。彼は、私を逃がすつもりなのだと。この異常事態から遠ざけようとしていると。

(いやだ、私も一緒にいる……!)
「……じゃあな」
(いやだ、ラファ!いやだ!!)

 私の言葉は届かない。ラファはわたしをわしづかみにしたまま、家にある通気口の中に私を放り込み、格子を閉じた。私の通れないサイズの格子が、戻ろうとする私を無情にも阻んだ。
 格子の前でバタバタと無意味な抵抗を見せてる私を見て、ラファは口端を持ち上げて勝ち誇ったように笑った。

「もうひかれるんじゃねえぞ、のろま」

 赤くたなびくボロ布がひるがり、大きな甲羅の背中が遠ざかっていった。中では麻酔を発射する軽い銃声と、刃を交わす金属音が充満している。見慣れたはずの景色は、私の入ってはいけない世界へと変貌してしまった。

「ラファ、換気室に行け!」
「何でおまえに命令されなきゃいけねえんだよ」
「……いいから行け!!」

 レオに小突かれて、ラファが私の見える景色から消えてしまう。

(どうして、どうして私は鳥なんだ……どうして声が出せないんだ!)

 少し前まで気に入っていた景色が、ひどく忌々しいものに思えた。格子の向こうの世界に、もう私とお揃いの色は見えない。レオが、ドナが、マイキーが戦っている。
 なにもできないことが悔しくて、それでもなにもせずにはいられなくなり、私は狭い通気口の中を飛び始めた。

(すぐ戻る、戻ってやる……!)

 狭い通気口を、外に向かって飛び続ける。翼が壁にかすりそうになるギリギリを進む。歩くなんて悠長なことは言ってられない。全部終わったらまた折れてもいい。私は懸命に飛び続けた。


   *  *  *


 地上と面する通気口から、外へと飛び出した。懐かしい、見知ったマンハッタンの街が目の前いっぱいに広がる。けれど、久しぶりの高い景色も風も、感じる余裕なんてとてもじゃないが私にはなかった。

(場所は大体検討がついてる……行こう!)

 通気口を進んだときの感覚を思い出し、私はそれを辿るように風を切った。今見たいのは、マンハッタンの景色でも青空でも太陽でもない。大きな甲羅の背中と、色の付いたボロ布のはちまきだけだ。
 ビルの間をすり抜けて、路地裏という路地裏に目を光らせた。いくつかのビルの上を遠すぎた時……見覚えのある背中が三つ見えた。大勢の人間に囲まれる形で。

(ドナ、マイキー、レオ……!)
「さっさと歩け!」
「いたっ、いたたたたたっ!」
「耐えろ!痛みは頭の中にしかないんだ……!」

 三人の兄弟たちは、青白く発光する電気を纏った棒……それを持つ覆面たちに囲まれている。苦痛の表情を浮かべながら、誘導されるようにコンテナに入っていく。

(待って!彼らは、ラファの大事な……!)

 私が低空飛行で近づいている間に、無情にもコンテナの扉は堅く閉じられてしまった。まるで私の存在などその場になかったかのように、誰も私に気にとめることもなく、車は煙を吐き出して過ぎ去っていく。

(連れてかないでよ!)

 私はその車を追いかけた。ただラファから彼らを取り上げないで欲しいと、ラファをこれ以上彼らから引き離さないで欲しいと、その一心でがむしゃらに飛んで追いかけた。
 ゆるりと進んでいたその車は、都心を外れた途端にスピードを上げ、レースカーのような速さでエンジン音を吹き、荒っぽい動きで突然私を引き離す。

(待って、待ってよ……!)

 その速さに翼が追いつかない。ラファにおいて行かれた格子前の、あの最悪な気分が胸の中をぐるぐると渦巻きながら……非情にも、レオたちを連れた車は私の視界から消え去ってしまった。

(どうして……)

 側道の枝に止まり、頭の中でそうつぶやいた。その問いかけの相手は、無力にも追いつかなかった私への問いか、それとも無情な世界への問いか。
 答えるひとは、誰もいなかった。