09 刹那の再会と別れ


 レオとドナ、そしてマイキーを連れ去った車を見失い、私は失意を胸に抱えながらラファを探す。三人を見かけたあたりから、開け放たれたマンホール内を訳も分からず飛び続け、彼らの家へとたどり着いた。ただしそこは、私の見知った景色とは少しだけ違っていて……見慣れた長テーブルやソファーは瓦礫に埋もれ、針治療の部屋には痛々しいほどの怪我を負ったスプリンターが横たわっていた。
 スプリンターという見知った姿はあったものの、目的の赤いハチマキの後姿を見つけることはできなくて、私は小さく項垂れる。

(……まだ。まだだ)

 あの三人が連れ去られ、ラファが黙っているはずがない。ここにいないということは三人を探しに出たのかもしれない。私はそんな希望を胸に宿して、再度飛び立った。

(それにしても、どこに……)

 マンハッタンは広い。郊外から出た瞬間加速したあの車の行方は知れず、ラファがどこに行ったのかもわからない。地下での生活を始めてからこの方、外に出たことのない身では、彼らの目的なんて皆目見当もつかない。

(あきらめるわけには、いかない)

ただそれをだけを言い聞かせ、私は闇雲にマンハッタンの空を飛び続けた。


   *  *  *


 どれくらいの時間がたったか、それを確認する術はない。ただ、マンハッタンの主要な施設は見て回ったし、郊外まで足を延ばして血眼になって探した。それでも、人は多く場所は広く、そして建物がごちゃついたこの街で彼らを探すことがどれだけ困難かを思い知った。

(もう、間に合わない……?)

 空高く上っていた日は、あと少しもすれば沈み始めるだろう。夜になれば、夜目の聞かない鳥である私にとってこの上なく絶望的な状況になる。焦燥感が胸にこみ上げていると、ふと、肩を震わせるほどの大きな音がマンハッタンの空に響き渡った。
 爆発音、鉄筋のぶつかる音、大きな建物が崩れる音。不吉な音が立て続けに鼓膜を震わせ、私は顔を上げた。

(なに、なんなの……!?)

 顔を上げて、すぐに気が付く。ビルの屋上から見える景色に、大きな変化が起きていた。

(サックスタワーが、倒れてる……!!)

 どくん、と胸が音を立てた。サックス、そしてシュレッダーはラファたちの敵だと、スプリンターが話していた言葉が頭の中をぐるぐると駆け回った。そして、爆発が起きて倒れているのは『サックス』タワーだ。

(ラファ……!!)

 どことも知れないビルの屋上を蹴った。翼を羽ばたかせたのと共に胸元の赤い布をはためかせながら、強い風を背に受けながら真っ直ぐに騒ぎの中心へ向かう。近づくにつれて、その景色がはっきりと目に映った。
 鋭利な建物の上部がぽっきりと折れ、他の建物の屋上に先端が引っかかり、何とか維持している状態。その現場に空から近づいていくと、見慣れた4色が目に飛び込んできた。

(レオ、ドナ、マイキー……ラファ!)

 ビル間に引っかかっているタワーの先端、今にも折れそうに歪曲しているその中心部。エイプリルという女性も含めた5人が、お互いの手や足を掴みながらなんとか落ちないように支え合っていた。そして、その少し離れた場所にもう一人……明らかに異質な、機械仕掛けの鎧。

(どういう状況なの!?)

 ぐんぐん近づいていく途中、一番上、タワー先端とみんなを繋いでいたマイキーが、ヌンチャクを鎧に投げつけた。それをもろに顔に食らった鎧の人物が、ぐらりとよろめく。それだけで、彼らが敵対していることが見て取れた。

「私を、アイツにぶつけて!!」
「やれ、ラファ!!」

 叫びながら、今度はレオが刀を鎧に投げつける。キインと透き通った音を立てて、刀は鎧の胸につき刺さった。ラファが、そのラファを支えているレオが、さらにそのレオを掴んでいるドナが、息の合った動きでぐらりと体を大きく揺らした。先端のエイプリルが、振り子のように大きく揺れる。
 しかしその間にも、鎧の人物は細長いナイフのような武器を懐から一本取り出した。みんなの振り子は鎧の人物に向かっていくが、わずかに遅れている。そのナイフは、エイプリルを支えているラファを狙っているように思えた。

(邪魔は……させないっ!)

 勢いをつけていた私は、滑空したまま鎧の人物の左手にタックルを決めた。彼がナイフを取り落すのと同時に、大きく振れていたエイプリルの蹴りが入る。

(やった……!)

 鎧の手が離れ、その体は宙に舞う。
 ――途端、私の体はナイフを取り落とした手に握られた。

(っ……!)

 最後の抵抗なのか、無意識なのか。必死に翼を広げるものの、人間一人に体を掴まれていては飛ぶことなんてできない。その人物に連れられるように、私の体も一緒に落下を始めた。
 さっきの出来事が一瞬のことだったからか、ラファ達は私に気が付いていない。
 タワーの先端へ登り始める姿が遠ざかっていく。ぼろぼろの姿でも、登る様子は力強くて、彼らが無事なのだとわかってホッとした。レオとしっかりと手を繋ぐラファの姿は、長テーブルでぐずっていた姿とは何かが違ってい見えた。

(ラファは、もう大丈夫だ)

 すると不思議と安心感が胸に満ちて、死に際だというのに穏やかな気持ちになれた。
 遠ざかるみんなの姿と、私の体を掴んで離さない鎧の人物。下から上へと吹き上がる風を受けながら、私は鎧を一瞥して小さく笑った。

(ばかだな。こんな小さな鳥にすがって、助かるわけないのにね)

 でも、こんな小さな鳥だから、最後に彼らを助けられたのかもしれない。
 そう思うと、ラファに轢かれたことも、彼らと過ごした時間も、ラファを好きになったことも、格子を開けられなくて悔しかったことも、今日この日この瞬間のための必要なものだったのだと感じられた。
 一緒に戦えた、やりたいことはできた、好きな人を助けられた。でも、最後に――

(せめて、言葉だけは伝えられたらよかったのに)

 土煙が視界を包み込むのと同時に、全身に走る衝撃。折れただけでは済まされない痛みと、頭を揺さぶる大きな振動。それらによって、私の意識は一瞬で途切れた。