17 臆病な好奇心
「んー……」
下水の地下に太陽の光は入らないし、鳥のさえずりも聞こえない。だから私は、目をつぶった状態のままいまが何時かを知るすべがない。少しだけ肌寒く感じたので、掛け布団を肩まで引き上げようとして……身動きがとれないことに気がついた。
横になっている私と向き合うように、肩から背中にかけてごつい手が私を抱えていた。顔を上げると、他の亀たちよりやや横に長い顔が、穏やかに目を閉じていた。
(……そっか。昨日、ラファが……)
詳しいことをなにも聞いてこなかったラファは、昨日私を自身のベッドに引きずり込んだ。そのまま、暑いだの何だの文句を言いながら私を背を撫でてくれたのを思い出す。
胸の辺りが小さく痛みを訴えるが、いやな痛さじゃない。締め付けられるようなそれは心地よくて、私はもう一度まぶたを閉じて寝直すことにした。
(ラファが起きたら離れる。起きたら離れる……)
男らしく分厚い、亀らしく堅い胸にもぞもぞと寄り添う。さすがに本人が起きていたらやらせてくれそうにないので、今だけだ。
「うえっ!?」
小さな悲鳴が聞こえて、視線だけうごかしてその出所を探す。頭上方面からアクアマリンの丸い目がこちらをのぞき込んでいた。マスクをつけていなくても分かる。マイキーだ。
「しーっ」
「え、ちょ、なにしてんの?」
「ラファの抱きまくら」
「それ楽しい?ラファにぎゅっとされたらだと骨折れちゃうかもよ?ねえ、僕にしときなよ」
「マイキーは嫌いじゃないけどラファのがうれしいよ」
「えっ」
そうなの?そういうことなの?衝撃を受けておおげさに数歩後ずさったマイキーが、しばらくして腕を組んで頷く。
「そっか、そんじゃ両想いじゃん。エイプリル争奪戦、一人脱落~!」
「……えっ?」
「えっ?」
私とマイキーは、お互いの顔を見合わせて呆然とする。先に口を開いたのはマイキーだった。
「だってラファ、小鳥ちゃんのこと好きでしょ?」
「家族的な意味でしょ?」
「ええ、うっそだぁ」
マイキーのセリフをそのままそっくり返してやりたい。
だってラファからはそういった雰囲気を感じない。彼の対応は、私がまだ鳥だったときとなんら変わらないように見える。勝ち誇ったような笑みも、いつもの仏頂面も、あのときのままだ。
「ラファにとって、私はまだ『小鳥』だよ」
「違うよ、ラファだって『もう小鳥じゃない』って言ってたじゃん」
(あれは"もう小さくない"って意味だと思うけど……)
私が訝しげな顔をしていたせいだろうか。マイキーは不服そうに歯をむき出してそれをかみしめる。
「、僕のこと舐めてるだろ!僕、小鳥ちゃんよりかはラファと長く一緒にいるんだからね!」
「そりゃごもっともだけど……」
その言いぐさはなんだか悔しい。
そう考えている間に、マイキーはさして気分を害した様子もなく「まぁ僕のこと信じてみてよ」といいながら手を振って、私の視界からフレームアウトしていった。
未だに抱えられて動けない私は、ラファの顔を見上げる。穏やかに目を閉じている彼の表情や、規則的な鼓動からは、さっきのマイキーが言っていたことの真実は何も分からなかった。
* * *
それからしばらくしてラファは目を覚まし、私を見て早々に「いつまでいるつもりなんだよ」と悪態ついてきたので、逃げるように彼のベッドから降りた。
その後はいつも通りにご飯を食べて皆は修行、私は飛ぶ練習をしていると……指定回数の修行をそうそうに終えて切り上げたドナとレオが、小難しそうな表情で顔をつきあわせていた。それから数時間も経過せずに、今度はその場にラファとマイキーが呼ばれ、彼らは一つのサイドテーブルを囲む。
(……なに話してるんだろう)
前よりうまくなった滑空で、ラファの肩に降り立つ。
「おい、邪魔だ」
「……なんの話?」
「てめえにゃ関係ねえよ」
「いや、にも聞いてもらおう」
「はァ!?」
レオの一言に、ラファが顔をしかめた。ラファの肩から床に降り立ち、彼らの囲んでいるサイドテーブルをのぞきこむ。そこには、どこかの建物の図面があった。
「各自の報告はどこかで統括して管理した方がいい。そうなると、情報を集めるならここだ。そして、ドナが現場に出る以上、誰かがこの家で情報の収集・整理を行う必要がある」
「だからってにやらせんのかよ。鳥だぞ」
「別に三歩以上歩いても忘れないって」
「そういう心配してんじゃねえよ!」
最近収まったかと思っていたラファの怒りっぽさが、ぶり返している。ここのところそんな怒鳴り声を聞いてなかったのに。
「でもさぁ、人手……っていうか亀手?足んないわけじゃん?」
「とはいえ、別れる以上、相互の連絡は必要だよ。複数箇所あるんだ。万が一連絡が行き渡らなかったり、道を間違えたりして襲撃場所が被ったら?特に、マイキーやラファなんかは考えながら体動かすの苦手だろ?行先を間違えて逃がしたりしたら大変だよ」
「ぐっ……」
「えーっ!ドナひどくない!?」
ドナにつっかかるマイキーに、黙って不服そうに図面を見つめるラファ。私はわけが分からず、腕を組んで考え込んでいたレオに視線を送った。すると、小さく肩をすくめた彼は、表情を引き締めて私の方を真っ直ぐ見た。
「。君に頼みがある」
「……なに?」
「おい、レオ!!」
真剣な表情に、私の方まで背筋が伸びる。ラファの怒声に遮られたものの、私はそれに動揺することなくレオを見返した。
ラファの心配してくれる気持ちは嬉しい。けれど、できる事があるならばやりたい。私だって、もうここの一員なのだ。
「俺たちはこれから、フット軍団の残党がいるアジトを叩く。君に、情報の中継役をお願いしたい」