18 宵に落ちる雷


『小鳥ちゃーん、終わったよ!次は?』
「了解。次は屋上の扉を出て東。コーラの看板があるビルの7階」
『東ってどっち?』
「……屋上出てまっすぐ」

 はーいという軽い返事を聞きながら、私は机の上に広げた地図に×印をつけた。すぐさま、通信を傍受するスピーカーが再びざらざらとノイズを響かせ、そのノイズの向こう側から声が聞こえてくる。

、目的は達成した。次はここから西のビルへ向かう』
「オッケー、次は西ね」
『あー、?ドナテロだけど。終わったよ。このあたりは大体片づいたけど、次はどうする?』
「じゃあちょっとラファの担当のエリアになるけど南に向かって」

 地図の上にあらかじめ書き込まれていた青い丸の上に、赤いペンで×をつけて回る。それから次はどこに向かったのかを矢印で書き込み、じっと次の報告を待った。
 フット軍団の残党討伐を開始してから、すでに40分近く経過しようとしていた。地図の上にある多数の青丸はその七割方が赤い×印によってかき消されていて、作戦がこの上なく順調なのだと私に教えてくれた。
 ざら、とノイズが流れて私は顔を上げる。

『おい、次はどっちだ』
「屋上を出て東。ドナもそっちに向かってる」
『ちっ、ドナに遅れをとってたまるかよ』

 ラファが今さっき潰したと思われる場所に×をつけて、矢印を書き込む。ドナも向かっているその場所は、フット軍団残党の中でもやや勢力集まっている場所だった。
 しかし、ドナと二人で手を着けるのなら安心だ。私はふんふんと上機嫌に鼻歌を歌う。

(私、役に立ててるよね)

 今までにない喜びを感じながら、後はもう吉報を待つ。使われていない地図の隅に、へたくそな絵を描いていると……予想よりもずっと早くスピーカーからノイズがこぼれ始める。

(……マイキーかな?)
『…………こえ…………』
「……ドナ?」

 さっきまで鮮明に声を届けていたそれは、まるで電波妨害でも受けているかのように不明瞭担っている。途切れ途切れのドナの声に、心臓がイヤな音を立て始めた。

『……ファが…………ぶな……』
「ドナ?……ラファ?ラファがどうかしたの?」
『……すけを…………連ら……シュレッ……』

 声に乗っている焦燥感と、イヤな単語を連想させる言葉の切れ端。
 ラファという言葉を聞いてから私の小さな脳味噌はフル回転を始め、ノイズなんてなかったかのように頭の中で補正する。

『助けを呼んで!レオたちに連絡を!シュレッダーが……』

 体中を鷲掴みにされた感覚を思い出して、背筋に寒気が走り抜けた。
 私はレオとマイキーにつながるマイクのスイッチを叩くように入れる。

「レオ、マイキー!ドナとラファがピンチなの!すぐC地区の南端の廃墟に向かって!」
『うえっ!マジで!?わかったこれ片づけてすぐ行く!!』
『くっ、こっちも取り込み中だ……!くそっ!』

 返事をする二人の声は、金属音や怒声と銃声にまみれている。どう考えてもすぐに動けそうな状態じゃない。その間にも、ノイズの向こうのドナは必死に何かを叫んでいる。

「っ……!!」

 歯を食いしばる。手を握りしめる。自分が恨めしくて床を睨みつけていると、頭をぽんと撫でられる感触が一瞬通り過ぎた気がして……

 ――気がつくと、私はノイズに背を向けて走り出していた。


   *  *  *


(飛ぶ練習しておいてよかった……!)

 翼を広げ、宵の空に紛れるように飛び上がる。冷たい夜の風を切り、人間に見つからないように高度を上げると、満天の星空が目の前いっぱいに広がった。足下には人工的な眠らない町の灯り。ラファ達と出会った日と同じ景色が、まだそこにあった。
 神様が背を押してくれているのか、追い風によってぐんぐんと目的地が近づいていく。
 深夜のマンハッタン。高層ビル街から少し離れた荒れた町並み。高層というにはやや背の足りない中背の建物が建ち並んでいる中、その屋上に立てつけられたネオンライト煌めくダーツバーの看板。それが目的地の目印だった。

「……ラファ、ドナ!」

 焦燥感で、自然とのどから声が漏れる。高度を下げて行くと、マンハッタンの夜には物騒な銃声と怒声が反響していて、すぐにその場所を特定できた。

(あそこ……っ!)

 ネオンライトに照らされるドナは、大勢のフット軍団に囲まれて、その手の中の相棒を絶え間なく振り回していた。正面の男の顎を下から打ち上げれば、そのまま体を反転させて真後ろの男の脳天に勢いがついたままのそれを叩きつける。床にぶつかって反動で跳ね上がった棒先を、体を横に回転させながら振り抜く。まるでダンスをして言うかのように、彼は絶え間なく舞い続けていた。

「くそっ、ラファ……!」

 大勢のフット軍団に行く手を阻まれているドナの視線の先を辿ると、私が探していた赤色はそこにあった。

「ラファ……っ!」

 ビルの屋上に備え付けられていたであろう避雷針が折れ、屋上の床より外に向かって倒れている。その先端に片手で捕まっているのは、探していたラファエロだった。片手に気絶した女性を抱え、もう片方の手で必死にその避雷針を掴んでいる。その命綱ともいえる避雷針の根は、ラファたちの体重に軋んで悲鳴をあげている。今にも屋上の床と別れてしまいそうなほどに。
 そしてもう一つ。そのラファエロに向かって歩を進めているのは、見たことのある、金属の鎧。忌々しい鋼鉄の固まり。

(あの時の、鎧……シュレッダー!?)

 私と一緒にサックスタワーから落ちたあの鎧と中の人物は、警察に回収されたと聞いていたのに……けれど確かにそこにいて、ラファの方へゆっくりと近づいていた。

「くそが……っ!」

 ラファの悔しげな声が聞こえて、私は我に返る。
 余裕があるのか、それとも負傷して本調子ではないのかはわからないが、その鎧は以前より愚鈍な動きでラファに近づいていく。
 かっと頭が焼けるように熱くなって、私は滑空し始めた。頭の中を占める感情は個人的な恨みと不快感。私を死の淵へと誘ったその手で、今度はラファに触れるつもりなのか。
 そう思った瞬間、私は空から直角に落ちてきて、鉤爪のついた足で雷のようにシュレッダーを打った。

「っ、落ちろぉぉぉ!!!」

 私の声に驚いたのか、挙動不審に鎧の顔がこちらを向く。以前体当たりした時よりずっと大きな衝撃が、鎧にぶつかっていくと……その勢いに耐えかねてその姿が傾いた。そのまま、ビルの外側へと投げ出される。

……!?」

 呆気にとられたラファの声を聞きながら、誇らしげな気持ちになった瞬間……尾てい骨のあたりから伸びていた尾羽がぐんと引っ張られる。
 イヤなデジャヴを感じながら、引かれる衝撃のままに私の体もビルの外へと投げ出された。