ぎしり、とベッド特有のきしむ音が部屋に響いた。
 私をベッドから降ろさないように道を阻んだドナテロは、真剣な表情でまっすぐにこちらを見つめ、威圧するかのようにベッドへ片手をついていた。

「悪いけど、君をこのまま帰す訳にはいかないんだ」
「えっ……?」

 それは、ミュータントである彼らを見てしまったのでただでは帰さないの意なのか、それとも、恥ずかしいからあまり口では言えない脳内ピンク色の意味合いなのか。どちらにしても、ベッドの上に追いつめられるような現在の状況で、胸の鼓動が速くならないわけがない。
 相手は亀なのに、ミュータントなのに。真っ直ぐにこちらを見るその瞳は、雪山の崖で見た、ニューヨークの未来を憂うヒーローのそれと同じもので……

「あーーっ!!」

 不意に大声が部屋に響き渡って、私も、迫ってきていた彼も、肩がびくんと跳ねた。

「ド、ドナが女の子に迫ってる!!」
「何っ!?」
「マジかよ!!」

 開け放たれていた扉から、立て続けに3つの顔が部屋を覗き込んできて、興味の視線がこちらに突き刺さる。その視線に貫かれて、ドナテロはやっと己のしていることに気が付いたようだった。

「ち、違う!違うんだよ!っていうか、まぁ僕の言い方もやり方も悪かったし、っていうかだから違うんだってば!!」
「まだ何も言ってねぇぞ」
「ドナテロ、落ち着いて……」
「ぼ、僕は落ち着いてるよ。
「お前、女性の寝起きを襲うなんて最低だからな」
「だから違うんだってば!!僕はただ、定期的に健診に来て欲しいって言いたかっただけで!っていうかお前たちが来なければそう続ける予定だったんだよ!!」
(なんて紛らわしい……)

 勘違いした私も私だが、ドナテロの言い方もどうかと思う。仮にその健診がうんぬんというセリフが続いたとしても、盛大に誤解を招いていたことだけは確実だろう。ある意味、横槍を入れてくれた兄弟たちのおかげで、いち早く誤解は解けたのだから彼は感謝をしてもいいのではないだろうか。
 それからしばらくの間、ドナテロは兄弟たちの冷たい視線を受けながら、興奮気味に一人言い訳を並べ立て続けた。


   *  *  *


「えっ…… ティーンエイジャー?」
「そう!僕たちはティーンエイジャー!まぁ、アダルトな会話もお手のものだけどねぇ」
(と、年下……!?)

 具体的に自分の年齢を思い浮かべると悲しくなるのでおいておいて、それにしてもこのいい図体の4人が成人してない年齢って……そんな、バカな!ドナテロが成人してないなんて、そんな、嘘だ!こんな未成年がいるわけがない。……目の前にいるけれど。

 あの勘違いからしばらく経ち、やっと落ち着いたドナテロに連れられて、私はリビングで彼の兄弟たちと向かい合っていた。例の先生はまだ療養中だそうで、私がソファーの中心に座り、そんな私を囲むように彼らはそれぞれ私を眺めた。

「僕たちの年齢はもういいだろ。とりあえず、ごたごたして説明できなかったけど、彼女のおかげで僕たちは助かったところがある訳だよ。特に、レオとマイキー」
「ああ、わかってる。俺たちを助けたせいで君が毒ガスを吸わされたのは、見ていたからな」

 ありがとう、と礼儀正しくレオナルドが頭を下げた。ミケランジェロも軽い様子で「ありがとー!」とソファーの背もたれに頬杖を付きながら笑顔で続いた。唯一、ラファエロだけが怪訝そうに顔を歪めてこちらを見ている。

「つーか、てめぇはレオたちとあそこで初対面だったんだろ。なんで助けた」

 その視線は、完全にこちらを疑っている目つきだった。何が目的だ、誰の差し金だ、と視線だけで言葉が伝わってくるようだった。

「……地下鉄で」
「……地下鉄?フット軍団が人質を取ったアレか」
「僕がエイプリルと運命的な出会いを果たした記念日じゃん!」
「黙れ、マイキー」

 ラファエロは横槍を入れた口を素早くふさぐと、私に続きを促してきた。

「うちの母がいたの。そこに」
「なるほど、君の母さんが……」
「それで、そこでドナテロに助けられたって……死ぬところだったって誇らしげに言うから」
「え、僕?」

 名指しで来るとは思わなかったのだろう、ドナテロはメガネの下の瞳を瞬かせた。

「7フィートくらいで、ごつごつしてて、メガネにゴーグルの人が助けてくれたって」
「あー……」
「そりゃ、ドナだな」
「私は、母しか家族がいないから…… あそこで貴方たちが助けてくれなければ、母は死んでたかもしれない」

 電話越しに感じた、生きた心地のしない時間。あれが一生続くのかと思うと、今更ながら恐ろしく感じて、ぶるりと震えた。
 そういうわけ。という言葉でしめると、説明を求めてきたラファエロはそれでもまだ訝しげにこちらを見ているものだから、居心地が悪くて私はそっと目をそらす。正面から目をそらした先にはドナテロがいて、不思議そうな彼と視線が交わった。

「それで、僕たちを助けたの?……命を張ってまで?」
「……ええ。恩人だもの」

 ……私の言葉を聞くと、彼は肩を震わせて小さく笑った。

「ははっ、すごいな!人間って、僕たちより弱いイメージがあるけど……」
「貴方たちより強いって、それもう人間じゃないと思う」
「そりゃそうだ。でも、そんな僕たちを救った君は人間だよ。……強いね、

 すごいよ、と再度笑う彼の笑顔に、目が奪われる。そんな彼の笑いを皮切りに、その場の空気がふっとゆるんだ。
 レオナルドは優しい笑みを浮かべているし、ミケランジェロはへへっと笑い声を零す。唯一張り詰めていたラファエロも、気まずそうに頭をかいて息をついて「疑って悪かったな」なんて小さく呟いた。
 温かな笑顔たちに囲まれて、年下から褒められるのは……多分、今までの人生で一番、妙な気分だったに違いない。

(ああもう、なんか気恥ずかしいな……)