02 新世界へ踏み出す一歩


 晴天。川のせせらぎが聞こえる連絡橋の下で。金属音がぶつかり合う音が不定期に響き渡った。
 時に連続で畳みかけるように、時に間を図ってじっくりと。
 その音の発生源――私はバタフライナイフを片手に、ハルバードを構える野田と対峙する。
 逆手に構えたナイフを切りつけるために、私は野田に接近して刃を振りかざした。

「はあっ!」

 その刃は、ハルバードに受け止められて動きを止める。

「大振り過ぎる!!」

 容赦のない声を真正面から受けた私は、カチンときた
 その怒りが体を動かして、野田のハルバードに受け止められていた私のナイフの刃が方向を変える。その刃をハルバードの刃の上滑らせ、その勢いのまま持ち主に向かって振り抜いた。

「なっ!」

 手首の柔らかさを利用した方向転換に不意を取られたのか、野田が驚愕で目を見開いた。
 が、私が振りかざしたナイフは彼の頬の皮一枚斬りつけただけで終わった。
 そして私はすぐさま野田から距離を取って、バタフライナイフを構えなおした。そのまま数秒睨み合う。
 数秒後、野田が構えをといてこちらをみた。

「ふん、貴様も使えるようにはなってきたな」
「そうかな」
「あとは……実践だ」

 その言葉に私は顔を上げた。
 『あとは実践』。その言葉は私がこちらの世界に来てから続けてきたことの終了を意味した。

「それってつまり――」
「俺からの訓練は終了だ」
「……やった!!」

 バタフライナイフを握りしめたまま拳を振り上げた。
 そんな私を見て野田はため息をついていたが、そんなことお構いなしだった。
 ようやく役に立つことができる。この世界に来た異議を体現できる。その喜びの方が圧倒的に勝っていたからだ。

 私がこの世界に辿り着いた時。この世界やSSSについて教えてくれたのは、目の前にいるハルバード使いの野田だった。

 ――戦線メンバーとして使えるように、貴様を俺が鍛えてやる。

 口下手な野田の言葉の端々から意味をくみ取ると。どうやら戦線メンバーと前線に加わるには、ある程度戦えなければ(野田流に言うなら『使えるようにならなければ』)加えてもらえないらしい。
 その理由もあって、私は野田の元で接近戦中心にこれでもかとしごかれた。

「これでSSSに入れる?」
「……何を言っている。貴様はここに来た時に入っただろう」
「前線に出してもらえるかって話だけど、前線」
「ああ、それならば問題ないだろう」

 よしっと意気込んでいると、野田が私にあるものをずいと差し出してきた。
 よく見ると、それはナイフのホルダーだった。

「何?」
「前線に加わる餞別だ」
「……私に?」
「……他に誰がいる」

 連絡橋下の河原には、もちろん私と野田しかいない。
 意外過ぎて戸惑ったが、私はおずおずと差し出した手でそれを受け取る。それは思ったより軽く、手触りから良い品であることが分かった。

「……ありがとう」

 なんだかんだで嫌になるくらいしごかれたし、容赦のない言葉にパワハラだとなじりたくなる日もあった。
 けれど、野田には感謝している。
 運動に縁のない私に付き合って、ここまで鍛えてくれた。
 余計な詮索してこないで、一緒に居てくれた。そういう意味では、一番最初に会ったのが野田でよかったと、心からそう思う。

「野田。本当にありがとう。すごく大事にする」
「あ、あぁ…」

 感慨深さのせいか、じっくりと噛み締めるように復唱してしまった。
 すると、そんな私の喜びよう方が予想外だったのだろうか。彼は鼻の頭をかきながら顔を背けた。
 さっそく私がホルダーをつけて二本のナイフを収めると、野田は遠くを見遣る。
 その視線の先には、この世界で唯一たしかに存在する建物――学校。

「行くぞ、戦線本部に」

 学校を見遣った野田が、振り返ってその視線で私を捉える。
 『一緒に。』その視線にはそんな意味が込められていて、誇らしいような、背筋が伸びるような感覚がした。

「――うん」
 
 深く頷いて、私はハルバード担ぎながら歩く野田の後ろについていく。
 そうして私は、この世界に来てからずっと滞在していた河原を出たのだった。