03 唸る右拳の風切り音
初めて入った校舎は真新しく、無機質で不思議な感じがする。
そんな校舎の一室――戦線本部で、私はSSSのメンバーたちと対峙していた。
「野田君、彼女は?」
リーダーだと紹介された子が、野田に訝し気な視線を送りながら訪ねた。
他にもSSSと思わしきメンバーが部屋の中には勢揃いしていて。当然、その中心に立っている私と野田に注目が集まっていた。
「新入りだ」
「……です」
ぺこりを頭を下げると「いいわよ、そんなにお堅くならなくて」と声が降ってきたので私は顔を上げて彼女を見る。
ゆりと説明された少女は、私を上から下まで舐めるように見たあと、満足げに頷いた。
「もうナイフまで持っちゃって、やる気満々ね」
「ええ、まあ」
「にしても野田君が新入りの、しかも女の子を連れて本部にくるなんて。明日は雨かしら」
からかう様にゆりは笑い、野田もそれに応えてなのか。どこか誇らしく――言い方を変えれば、いわゆる『ドヤ顔』というやつで、小さく笑った。
(あ、野田もこんな風に笑うんだ)
口を引き結んだ仏頂面しか今まで見ていなかったので、不思議な感じだ。
そんなふうに思いながら彼らを見てると、私の右肩の方から青い髪の男の子がひょいと顔を出して、両肩に手を置いた。
「いやーしかし、来た時から訓練なしで即戦力になるなんて。君ってすごいんだな!」
「……え??」
「俺たちなんか、銃とか最初からっきしでさぁ。って……え? 何、その反応」
「なんでお前が驚いてんだよ」
呆気にとられた私の反応を見て、青髪の彼も、木刀らしき物を携えた男の子も、目つきの悪い目を丸くした。
「私は野田に訓練を受けてからここに来ましたけど……」
ぴしり。一瞬で空気が凍ったのが感じ取れる。
――何か、矛盾してる。訓練して使える人間にならなければ、SSSに入れないんじゃないのか?
「へえ、訓練を。……それは本当? 野田君」
「そうだが?」
「……彼女がこっちの世界に来たのはいつ?」
「だいたい一週間ほど前だ」
笑顔で野田に質問するゆりの目は、まったく笑っていなかった。
場が凍りついているのに野田だけがそのことに気づかず、そんな彼に質問を畳みかける彼女の顔色だけが底辺へ向かっている――ように見える。私からは。
「おい、お前」
「はい?」
木刀の彼が、私に手招きをする。
「いいから、ちょっとこっち来い」
「……はぁ」
誘われるままに彼の方へと寄ると、ゆりが座っている校長デスクの前だけが一気に氷点下になった。
「――何故、すぐに彼女を連れてこなかったのかしら?」
「俺が見つけた以上、責任があるからな。使えるようにしたまでだ」
野田は当然のように、表情を変えずにそう主張する。
「因みに一体どこで修行をしていたのかしら?」
「連絡橋下の河原だ」
「………こぉの……」
彼女の怒りは頂点に達したらしい。震えるほど握りしめていた手がついに振りかぶられた。
「馬鹿野郎ぉぉお!!」
可愛らしい声でそう叫ぶと、弧を描くように綺麗な円でアッパーを繰り出した。
怒りに握りしめられたらその拳は容赦なく野田の顎を捉え、彼は部屋の真ん中にあった長机の上へ飛ぶ。
「ごばぁっ」
背中から派手にバウンドした野田は、打ち所が悪かったのか動かなくなった。
そんな野田の意識が無いのを知ってか知らずか、ゆりは怒りのままに口を開く。
「女の子よ!? 女の子!! この世界に来てアンタと二人、河原で一週間ですって!?期待してないけどどーゆー感性してんのよ!! もちろん戦力が増えるのは喜ばしいけどそれだけ優先させるもんじゃないのよ!? ズボラなアンタとずっと一緒にいるなんて……」
「ゆりっぺ、ゆりっぺ、この馬鹿気絶してるから。全然聞こえてないから」
青髪の彼が呆れたようにゆりの肩を叩くと、我に帰った彼女は咳払いをした。
「浅はかなり」
「流石に今回はいかんなぁ」
「馬鹿ですね」
「女の子を野宿させたらね……」
「Oh! Failed...」
テーブルを囲っている人たちから憐れみの発言が一通り聞こえると、ゆりは私に真新しいセーラー服を渡してきた。私はそれを受け取って彼女を見る。
「とにかく、ようこそさん。死んだ世界戦線へ。私達はあなたあなたを歓迎するわ」
長机の上で気絶してる野田を一瞥して、私は苦笑しながらゆりと握手を交わした。