07 不器用な言い訳
野田が他の人間と上手くやっているところを、私は見たことが無い。だから、彼が新人に対して敵意をむき出しにするのは、今に始まったことじゃない。
「新しい人? ふーん、へー」
「そんな軽い問題ではない!! ゆりっぺに反抗的で、かつ侮辱を繰り返している!」
「……君のゆり中心思考、どうにかならない?」
食堂にある自動販売機の前。缶コーヒーで食後のアフタヌーンをしていた私は、ぐちぐちと文句を垂れ流す野田に、冷えた視線を送った。
私が死んだ世界戦線に慣れてきた頃。久しぶりに、新人がこの世界にやってきた。
「それって、どんな人?」
「ゆりっぺに反――」
「それはもういい」
「音無っつってな、悪そうな感じじゃなかったぞ」
『反抗的』以外に喋らない野田を見かねてか、日向くんが会話に割り込んでくる。
今日のオペレーション・トルネードに加わるらしく、さっきゆりが新しい銃を用意していたことを思い出した。
「今日のオペレーションはどうなるかねぇ」
「知るか。俺たちはいつも通り、ゆりっぺの命令通りやるだけだ」
日向くんの呟きに、野田が鼻を鳴らす。見慣れた光景。
野田がゆりっぺに従順なのは出会った時から変わらない。彼に何があって、何故ゆりにそれほどまでに妄信するのかも知らない。
以前日向くんに言ったように、私と野田はデキていないし、野田はゆりのことばかり考えている。わかりきったことだし、どれも事実なのに――。
(なんなんだろうな、この気持ち)
この世界に来た私を、偶然野田が最初に見つけた。ただそれだけ、それだけなのに――妙な気持ちになるのは何故なのか。それに名前を付けるのがなんだかためらわれて、私はそれを見ないふりをした。
* * *
既に日の沈み切った空の下。食堂のライトがガラスを通って夜空に吸い込まれていく。
ガルデモのアップテンポな曲も漏れ出ていて、その中に混じって数発の銃声が私の耳に届いた。
その音は聞き落としそうなほど小さく、私は即座にそちらに向かって走り出した。
(私から一番遠い配置に襲撃とか、ないわ!)
心の中でそうごちながら、私は足を動かし続ける。多分、私の所から一番遠い配置は、新人の音無くんのはずだ。野田のやっかみといい、彼は貧乏くじを引く質らしい。
闇夜の中を走っていると、銀色にキラリと光る何かがこちらに向かってくる。
何事かと目を細めれば、クルクル回るそれは勢いよく私の目の前に突き刺さった。反射的に後ろに下がってそれを避け、私は突き刺さったのが何かを確認する。
「……野ー田ー!!!」
もうすぐ足の指が無くなるところだった、その原因は野田のハルバードだった。
すぐさまそれを引っこ抜いて、重さに抗いながら再度走りだそうとする。
その瞬間、私の目の前を雪のような食券が降り始めた。間に合わなかったなと思いながら銃声の元と思われる場所に辿り着くと、既に皆が散り散りに解散し始めていた。
「さん!解散だよー!!」
食堂柱の下にいた大山くんが、何枚かの食券を手にしながら腕を振って見せる。
私も手を振り返して『了解』の意志を伝えると、それを見た彼はさっとその身を翻した。
降り注ぐ食券の雨の中、私は目的の人影を探す。
「野田ー!」
そう適当に名前を呼ぶと、こちらに向かって駆けてくる人影が一つ。
――ハルバードを持っていない野田は、ちょっと新鮮だ。
「そう叫ばずとも、お前が来たことくらいわかるわ!」
「ああ、そう。……はい、これ」
野田が走りながらこちらに来たところで、私も彼に速度を合わせて身を翻す。
走りながらのハルバード持ちはつらいので、追いついて早々にそれを突き返した。
「あぁ」
受け取った野田が慣れた様子で左肩にそれを背負う。うん、やはり野田はハルバードあってこそ落ち着く。
そんなことを考えながら走っていると、彼は私達の周りを絶えず降り注いでいる食券の雪達に目をやり始めた。
「…どうした?」
私がそう声を掛けた瞬間、彼は降り注いでいる食券の一枚を器用にキャッチしてみせた。
そうしてそれを、私に向かって差し出す。ナイフのホルダーをもらった時をフラッシュバックしながら、私は突きつけられた食券を見る。そこには『オムライス』と書かれていた。
私がよく食べている、定番のメニューだ。
「貴様はいつもそれを食ってるだろう」
「……知ってたんだ」
「隣でいつもあんな卵くさいものを食われたら嫌でも覚える」
そう告げた野田は、何食わぬ顔で隣を走る。
しらばっくれているつもりなのだろうが、やはり野田はアホでしかない。
(卵がそんなに匂いするわけないのに)
百歩譲っても、ケチャップ臭いが限界じゃないだろうか。
「……ふっ、ふふふ」
「なんだ、気色悪く笑って」
「いや、別に?」
作戦が始まる前よりも、どこか誇らしくて爽やかな気持ちだ。
彼は脳筋なので、ハルバードを拾ってきた礼なのかもしれないが。そんな彼が私の好物を覚えているということが、くすぐったくもあり嬉しくもある。
野田が笑う私を怪訝気に見ているのがわかっていても、しばらく口角の上がりは治まりそうにない。