08 違和感と謎のノイズ


 どうしてアホは、見栄を張りたがるのだろうか。
 薄暗くて土臭いギルドに続く地下道で、野田は意味もなくハルバードを振り回して誇らしげに笑った。
 それもそのはず、野田は降下作戦でSSSのメンバーが降りてくるのを心待ちにしていたからだ。
 だから彼らが降りてきて、野田の姿を見た時。野田は笑った。勝ち誇った笑みを浮かべて彼らを迎えたのだ。

「うわっ、バカがいた……」
(ホント、アホだよね)

 心の中で日向くんの声に同意して頷くと、ゆりが私を見て『やっぱり野田君と一緒にいたのね』と目で訴える。セットに換算されるのは慣れたもので、私は何をするでもなくアホの背を見ていた。
 するとその背中の主は、ハルバードの先端を噂の新人に向けた。

「いいか、俺は貴様を認めていない!!」
「別に、お前に認められたくねーよ」
「何ぃ!!」

 切りかからん勢いの野田を前に、いつ醜態を止めてやるかと考えていると――。
 ひゅ、と微かな風切り音に気付く。
 そうして、私は目の前にいた野田の襟首を掴んで引っ張った。

「ぐおっ!」

 カエルがつぶれるような声がして、野田が私の隣に派手に尻餅をついた。
 忌々しげに私へと視線をやった彼の前を、大きなハンマーが鈍い音と共に過ぎ去っていく。

「臨戦態勢!!」

 張りつめたゆりの声に、野田も含めた私達は武器を構えた。
 ギルドの罠である巨大ハンマーは、行き場を無くしてぶらぶらと振り子のように宙を舞う。

「トラップが作動してる!?」
「まさか俺達を全滅させるつもりじゃ!」
「いいえ。これは……天使ね」

 ゆりは銃を構えて警戒を怠らないまま、先頭の藤巻くんより一歩踏み出した。

「進むのか?」
「トラップが解除されてねぇ中をかよ!」
「進みましょう。トラップは足止めにしかならないわ」

 ゆりは、大きく踵を返して前を見据えた。

「行くわ、進軍よ!!」

 ゆりの合図に、皆がぞろぞろと進み始める。
 後衛につこうと皆が通り過ぎていくのを見ていると、見慣れない橙の髪の毛が目についた。

「ねぇ。君――君が、音無くん?」
「え? そうだけど。アンタとは初めて会うな」
。よろしくね」
「ああ、よろしく」

 にこやかに右手を差し出すと、彼も握手をし返してにこやかに微笑んだ。確かに日向くんの言ってたとおり、悪い人ではなさそうだ。そう思っていると――。
 さっきとは違う風切り音がして、私と音無くんの間に何かが割り込んだ。そこには、見慣れた刃物がそこにはあった。

「私たちの腕をちょん切るつもり?」
「そんな奴と呑気に話しているからだ。気を抜くな」
「はいはい」

 割り込んだ野田はハルバードを構えて警戒しながら、皆の後を追う。
 音無くんは、隣にいた日向くんに向けて首を傾げる。日向くんは慣れた様子で、呆れた様子を見せながら首を振った。

「あんたも大変だな」
「そりゃどーも」

 そんなやりとりを交わすと、音無くんは少し足早に先頭のグループへと加わりにいく。
 そこから何人か別メンバーが続いたのち、私はしんがりを務めるため皆の後ろに立ち位置を定めた。
 同じように思っていたのか、野田も一通りメンバーを見送った後、私と並ぶように列最後尾につく。
 ちらりと隣を盗み見ると、笑顔こそ浮かべていないがその横顔からは自信が感じられる。

(黙っていればなぁ……)

 堂々とハルバード肩に掛けて歩く姿は、いつだって頼もしい。
 結構な割合で浅慮を晒しているが、悪い奴でも弱い奴でもないのだ。ちょっと短絡的で、ちょっとおせっかいで、ちょっとお馬鹿なだけ。ただ、私が最初にこの世界に来た時、ゆりへの義理立てで『世話』してくれただけ。
 そんな考え事をしていたせいか――つま先が何かにつっかかる。

「っとわ…!」

 変な声に気付いたのか、反射か。隣にいた野田が、ハルバードを持っていない方の腕をこちらへ伸ばした。
 そうして片腕で難なく私を受け止める。その確かな力は、私一人の体重ではびくともしない。

「おい、気を抜くなと言ったばかりだろうが」
「ご、ごめん」

 慌てて気持ちを切り替えるために、私は野田の腕に手を当てて、己の体を起こした。転びそうになった原因を特定するために、軽くあたりを見回す。そうして――妙な居心地の悪さを感じた。
 胸がざわつく。当たり前だが、ギルドへの地下道はそう広くない。
 一定の広さは担保されていても、辺りは暗くて、どこか狭い。少し前から感じている違和感は、この空間の居心地悪さだろうか。言葉にできず、妙な不安がよぎる。
 そうして、私は無意識に――野田の腕に添えていた手に力が籠った。

…?」

 野田が眉間に皺を寄せて、怪訝そうにこちらを見る。

「え? あー、いや。なんでもない」

 思わず彼に腕に力を込めた理由。私自身もその理由がわからず、曖昧に笑って誤魔化しておく。
 完全に野田から身を離して歩き出すと、彼の表情が完全に見えなくなる。

(なんだったんだろう、今の)

 少し前に彼の横顔に頼もしさを感じなかったと言えば嘘になる。
 かといって、そんな彼にすがるほどの理由はない。今のところ。理由の分からないもやもやを抱えながら、私は効果作戦に集中するために、自分の武器――ナイフのホルダーにそっと手を添えのだった。