09 嫌な予感とうるさい動悸
転がる鉄球に、レーザーカッター、落ちる天井、落ちる床には巨大トゲ、水責めに、ぬいぐるみブービートラップ。
各自やられた人はアホだったり運が悪かったりで、面白いくらい人数が着々と減っていた。
唯一私が驚いたのは新人の音無くんが残っていたことよりも、アホの野田が残っていたことだった。
「4人になっちゃったわね」
「椎名さんって可愛いもの好きだったんだ。仲良くなれそう」
「いや、まぁそうだけど……結果アホだろ」
「……ふん」
そんなふうに話している残りのメンバーを見回して、ゆりはため息をついた。私もその勘定に入っているなら、わりと遺憾かもしれない。
「ああもう、アンタ達はどうしてそう緊張感がないの!?」
「どうして……とか言われましても。ねぇ?」
「ゆりっぺ、俺はいつだって持っているつもりだ」
「俺は今回初参戦だから、こういうもんかと……」
「……はあ。いい、今回の作戦は――」
そう言ったゆりが大きなため息と共に、ホワイトボードに手を叩きつけるようなノリで壁に手をつく。
その瞬間、すこんとマヌケな音がして、彼女が手をついた壁が無くなった。
「えっ?」
なくなった壁の先には、ぽっかりと暗闇が広がっていて。私たちは全員が目が点になる。
「――ゆり!!」
「――ゆりっぺ!!」
最初に動いたのは、音無くんと野田だった。
体重の置き先を失くして身体の傾いたゆりの両手を、2人がそれぞれ掴む。ゆりを引き上げる代わりに、2人分の体が暗闇へと投げ出される。
「……駄目!!」
脳筋の野田はともかく、初参戦の音無くんを地下に置き去りにはできない。
私は反射的に音無くんを追いかけて掴むと、彼がさっきゆりにしたことと同じことをして見せる。
そうなったら当然、私の体は暗闇へと投げ出されるわけで。真っ暗い穴の中に、私と野田は落ちていく。
「野田君!さん!!」
ゆりの声が遠くなって、私は暗闇の中をごろごろと転がり落ちる。
上下左右の間隔がなくなって、どれだけ転がったのか分からなくなる頃。私は固い何かに背中をぶつけて止まった。
「あだっ」
色気のない声が反響した後、私は届かない背中に手を伸ばしながら体を起こした。
辺りは暗くて、ろくな明かりがない。自分の手がぎりぎり見えるか見えないかの暗さの中で、私は一緒に転がり落ちたであろう人物が頭をよぎる。
「……野田?」
呼びかけてみるが、返事はない。同じ場所に落ちたと思ったけど、暗さのあまり、自分が落ちた道筋すら目で辿れない。重力があって確かにまっすぐ立っているはずなのに、暗黒のせいで上下左右がわからなくなりそうだった。
(なんか、ここ変に気持ち悪いな……)
少し前、野田と話た時に感じたのと同じ違和感。気分の悪さ。
それを感じた時――暗闇の中に、味気のない8畳安アパートの景色がフラッシュバックする。
部屋の隅には安っぽい狭いテーブルに、傷だらけの小さなタンス、畳に転がる酒瓶やビール缶。むせかえるほど満ちている男臭さに息が出来なくなる。
(違う……ここは『うち』じゃない。臭いなんて、しない)
吐きそうな気持ち悪さが胃からこみ上げてきて、頭がふらつく。私は口元を押さえてしゃがみこんだ。
嫌だと部屋の隅に逃げる私に、"あの男"が手を伸ばしてきて――触れた。
「ひッ……!」
「っ!?」
ばちんとその手を振り払う。幻想のはずなのに、それは確かに感触があって――驚きと混乱で、その手があった方を見る。
――そこには、驚愕に目を見開いた野田がいた。
「な、なんだ野田か……」
「さっきから呼んでいただろう。どうした?」
どうしたと言われれば、確かにどうかしている。
もう過ぎ去った幻想を見て服の下は冷や汗が流れているし、動悸も激しい。
それでも目の前にちらつく幻想を振り払って、私は口端を無理矢理吊り上げて見せた。
「どうって……どうも?」
説明できない。上手く言えそうにない。
何より、私を鍛えて期待してくれて――誇らしげに紹介してくれた野田に、言えるはずがなかった。
その一心で野田に笑顔を向けると、彼の眉間に刻まれている皺がわずかに深まった気がした。