12 声にならない言葉


「強いだけじゃゆりっぺは振り向いてくれないぜ……?」

 球技大会を前に、日向くんが野田に向かって冷や汗をかきながら不適に笑った。
 私はこの世界に来た時に現れた場所――味気のないいつもの河原で大岩に腰を掛け、その無駄に緊迫感のある空気を眺めていた。
 数秒間をおいた野田は、ふと笑って日向に手を差し伸べた。

「……いいだろう」
「よし!」
「アホですね」
「アホだね」

 陽動部隊のユイがあまりにも的確なツッコミを入れるので、思わず同意する。
 私は最近このテの発言に同意してばかりだ。
 インナーやらシャツやらを着始めた野田から視線をそらした日向くんは、次にこちらをみた。

、お前も入ってくれるだろ?」
「え?なんでそうなるの?」

 さも当然のように言われて首を傾げると、同じく首をかしげた左手に疑問を疑問で返される。

「え?なんでって、野田は俺たちのチームに入るんだぜ?」
「……え?さらになんで?」
「お前、野田と基本セットだろ」

 その言葉に目が点になる。私はいつから野田とセットの特売商品になったんだ。
 なあ、と日向くんが音無くんに同意を求めると、音無くんは顎に手を添えた。

「確かに……言われると、大体一緒にいるイメージがあるな」
「な!そういう訳でお前も頼むわ!俺を助けると思って」

 どういう訳だと追求したくもあったが、確かにまだ誰にも誘われていないのも事実。

「ま、いいけど」
「よっしゃ!助かるぜ!!じゃあ俺らは他の奴ら勧誘してくるから」

 日向くんたちは集合する時間と場所を私に告げると、早々に河原から去っていった。
 その場に残された私は、指定された時間までにすることもなく。大岩の上から砂利の上に降りると、そのままぼんやりと傍にある川の水面を眺めた。

(とはいえ、大丈夫かな……)

 先日の岩沢さんが消えたこともそうだが、過去をまた思い出してしまったこともショックだった。
 天使を追いかけたあの後。天使エリア侵入組に肩を叩かれるまで、私はぼーっとしていた。反吐が出そうな過去の幻想に呑み込まれて、指先一つ動かせなくなるなんて――ここ最近の私は、本当に情けない。

(球技大会でもやらかさないか心配……)
「――おい」
「うおわっ!」

 突然肩を叩かれて、体がびくりと跳ねる。
 振り返ると、SSSの制服を着直した野田が不服そうに立っていた。

「野田。日向くん達と行ったんじゃなかったの?」
「チーム参加するからといって、勧誘まで付き合ってやる義理はない」
「いや、だからと言ってここでも別にやることもないでしょ」
「ある」
「何を?服着たのに、もっかい脱いで訓練の続きでもするの?」
「――貴様に話がある」

 私は何度か目を瞬かせた。野田が訓練以外で私に用があるなんて。
 出会ったばかりは私を使い物にする名目で、何かとアレコレ口を出してくることも多かったけど――すっかり独り立ちした今では、そんな必要もほとんどない。(とはいえ、何かと一緒にいることが多かったから、日向くん達にはすっかりセット浸透しているけど)

「それで、話って?」
「――降下作戦の時から、貴様はずっとおかしい」

 その言葉にどきりとする。彼にしては珍しく、的を射た鋭い質問。
 すぐに答えられない私と野田の間に沈黙が流れる。さっきまで耳に心地よかったはずの川のせせらぎが、やけに頭に響いてガンガンしてきた。

「確かにあの時はちょっと変だったけど、ずっとおかしくはないよ」

 そうやって、私はなんとか絞り出した。
 彼に失望されたくない。彼が鍛えて、紹介してくれて居場所ができた。もうくつがせないことを引きずって、女々しく弱くなって。彼の面目をつぶしたくはない。
 だって野田は――あの男と違って『女』として以外で、私を認めて必要としてくれたんだから。

「いや、おかしい」

 そんな私の精一杯を、野田はまっすぐに否定する。頭痛が酷くなる、耳鳴りがする。
 否定しないで、君が――君に否定されたら。

「言っておくが、その……なんだ。責めてるわけではない」
「……え?」
「これを聞くのはゆりっぺに言われたわけでもない。俺が気になって落ち着かないだけだ」
「だから、私はおかしくは――」
「いや、おかしい。貴様がこの世界に来てから、俺がどれほど見ていたと思っている」

 彼が言う『見てきた』は『世話をやいてきた』と同義語だ。分かっていても、その言葉に嬉しいと思っている自分がいる。
 さっきまで絶望的な気持ちだったのに。彼の言葉一つで世界は色を変えて。今度は嬉しくて、そのまま飛びついて、抱きとめてほしいような気持ちになる。

(私は――縋りたいのか。野田に)

 降下作戦で、抱き寄せられた時の感触を思い出す。
 バカで、アホで、脳筋過ぎて何を考えているのかわからないのに――彼は私を見て、抱き寄せて。ただ大丈夫だと、言葉にせずとも私にそう語ってくれた。過去の幻想を見る私に、目の前にいるのは自分だと安心させてくれた。
 そうして今度は、明確に言葉にしてくれた。『大丈夫か』と。

(……ああ、駄目だ。降参だ。認めるしかない)

 脳筋でもなんでもいい。もう目の前のバカ男が、こんなに好きになってしまっていた。
 どんな理由でも私を見て、気にかけて、声をかけて――抱き寄せてくれた野田のことが。