13 加速する好きの音
球技大会も無事……かどうかはわからないが、結果的には終わり。
野田が『負けたのはお前せいだ』と音無くんにやっかみをしようとしたところの襟首を掴みひきずって、私は自販機が並ぶ休憩エリアを訪れていた。
「最近よく聞くね、生前の話」
不満げにベンチに座る野田にKeyコーヒーを差し出し、私は世間話代わりにぽつりとこぼす。
というのも、試合の最後に妙な焦りを見せた音無くんに何があったのか聞いてみたのだ。すると「日向が生前の後悔を成し遂げて、消えそうになっていた」と。そう語ってくれた。
「ああ。あの妙な新人が来てからだ」
「人のせいにしないの」
コーヒーを一口飲み終わった野田の頭部に、チョップを食らわせる。
恨めしげな眼で見上げられたが、事実だ。彼一人が来たからではなく、たまたま戦線が動く時に彼が来てしまっただけにすぎない。記憶が無いからこそ、自分にないものを求めて人に聞き訪ねているだけかもしれないが。
――そうしてふと、あることが気になった。
「――野田は」
「あ?」
何も語らない彼にも、他の皆と同じように悲惨な過去があって。この戦線に来て、ハルバードを手にした理由があるはずだ。どうしてハルバードを選んだのか、どうしてゆりをあんなに妄信しているのか。
私は、この世界に来た時から傍にいて。彼に救われて、彼が好きなのに。何も知らない。
「野田は、どうして戦うの?」
ただ生前のことを直接尋ねるには気が引けて、結果そんな聞き方になってしまった。
てっきり「くだらない」と一蹴されるかと思ったけど、以外にも野田は静かに口を閉じていただけだった。
もしかしたら生前のことを思い出しているのかもしれない。
私の言葉でそうなってしまったのなら。私のせいで悲惨な過去を逡巡しているなら、なんだか申し訳ない気持ちになって。でも言葉でそう言うのもなんとなく野暮で――私は、横長のベンチで彼の隣に腰を掛ける。そうして、肩だけ触れ合う程度に身を寄せた。
「――守りたい、奴がいた」
意外にも、野田はぽつりとそう呟いた。
「だが俺が守らなくてもいいくらい、そいつは強かった。一人でなんでも成し遂げて、誰の助けも必要ない。どころかそいつは他の奴らを助けてばかりで――」
野田の言葉は、直情的な彼らしくシンプルだ。彼の目線と感性だけが紡がれる。
だから彼が語る『そいつ』が誰で、野田とそいつが生きる環境がどれだけ過酷で理不尽なものだったかは描かれない。でも、だからこそ野田らしくて、その語り口に少し笑みがこぼれた。
「俺の助けも必要ないのだと思っていた。強い奴だったから――だが」
ぎゅっと。彼は膝の上に置いていた手を握りしめた。
「強くとも、そいつも人間だ。孤独では生きられないし、戦えない。他の奴を助ければ、その分すり減る」
力が籠って、野田の拳が微かに震える。
「俺はあいつを過信した。その過信が、周りと同じように俺もあいつを追い詰め――殺した」
握りこぶしから力が抜けることはなくて、それは彼の怒りと不条理と理不尽を詰め込んだものだとわかった。
言葉は少なくとも、彼の横顔から、その拳から。彼のまっすぐな感情は伝わってくる。
そうして、私はあることを理解した。
――野田がゆりを妄信して、守ろうとする理由だ。
生前の後悔から、野田はゆりを守ろうとする。誰の助けもいらず、他の連中のために力を尽くし、孤高に戦線のリーダーをしようとする、あの冷徹で優しい指揮官を。
考えてみれば、野田はこの世界で自分の好きなことをしている様子がほとんど見られない。
ひたすらに自分を鍛え、トラップを作り、私を育てて戦線に入れる。それはすべてが戦線で戦う皆のためであり、ゆりのためだ。
彼の言う『守る』ため。そう思うと、彼の不器用な言動も行動もすべてが、愛おしくなってしまう。
「だから、野田はこの世界でもあんなに鍛えているんだね」
其れしか言うことが見つからなかった。
痛ましさと彼の献身は伝わったけれど、言葉足らずな彼のセリフから、聞きかじったような……知ったような口はききたくなかった。結局、私は野田のことをやっぱりまだ知らないままだから。それでも――。
「……!」
野田の息をのむ声がした。その理由は、震えるほど握りしめていた彼の拳に、私が手を重ねたからに他ならなかった。
「野田は……強くて、かっこいいよ」
「……そうだろうか」
「そうだよ」
強いのもかっこいいのも、単純に戦力の意味合いだけでなく。
彼の語る過去に、自身の境遇を嘆く言葉が一つもなかったからだ。
絶対に、彼自身が傷つくような環境や世界、言葉や事件があったはずなのに。彼はそのことに泣き言の一つもこぼさない。彼の『守りたかった』相手への後悔と、自身への恨み言。ただそれだけ。
そんな彼は死後の世界でも研鑽を積んで、誰かを守ろうとする。
私も助けられ、ゆりも守られている。その事実で――彼をいっそう好きになる。
「でも、なんでハルバードなの?」
「……強いだろう。斧は」
アホだ。でも、そんなアホなところも最早愛しくて。惚れたなんとやら、というやつなのかもしれない。