錯覚だと思い込む

 


 私はいつもゆりっぺの後を追っていた。
 自信を持って歩く後ろ姿とか、凛と顎を引いて前を見据える目とか、よく怒るときに眉間に皺を寄せる表情とか、そういう一つ一つが大好きで、いくら眺めていても飽きない。
 そんな彼女の強いまなざしが、ふとこちらを見て私を捉えた

さん」
「はい、ゆりっぺ」
「あなたにしか頼めない用事があるの」

 そう言って、彼女はいつになく真剣な表情で私を振り返った。
 その表情に、私も自然と顔を引き締める。

「はい、もちろん。ゆりっぺの為ならば喜んで」
「ありがとう」

 彼女は柔らかく微笑んだ。あまりに綺麗な笑顔に、同性ながらもドキリとする。
 私が言葉を待っていると、ゆりっぺは人差し指と中指で挟んだ一枚の紙を差し出してきたのでそれを受け取って読む。

「……ゆりっぺ、これは」
「その紙の通りよ。"彼"は必ずアクションを取ってくる」

 私は無言で紙に再度目を落とした。安っぽいルーズリーフに書かれている彼女の綺麗な字。
 ――生徒会長代理・直井を監視しなさい。アクションがあれば内線で即座に連絡すること
 再度ゆりっぺに視線を移すと、彼女いつも通りの笑顔で、私の頭を数回撫でる。

「よろしくね」
「はい、必ずや完遂します」

 彼女は校長室へと戻って行き、私も与えられたら任務の為に彼女とは反対方向に歩き出す。
 右に曲がる道と、真っ直ぐ行く分岐点を何事も無かったかのように真っ直ぐ歩む。

「――任務か」

 聞き覚えのある声にに立ち止まる。振り返らない。誰だか分かっているからだ。

「ええ、内容は言えませんが、ゆりっぺ直々の頼みですから失敗する訳にはいきません」
「……そうか」
「もしや、心配ですか?貴方らしくもない」
「貴様がいないと張り合う相手がいないから困るだけだ」

 私は振り返った。そこには相変わらずハルバードを肩に、すました顔の野田が壁によりかかっている。
 ゆりっぺへ忠誠を誓っているもう一人の犬。長いこと張り合っていた厄介な敵であり、彼の言う通り張り合いのある相手でもある。いつもはしゃしゃり出てきて邪魔なだけの存在。けれど――。

「野田」
「なんだ」

 真っ直ぐにこちらを見た野田に、私が向けたのは小さな苦笑。

「私が傍にいない間、ゆりっぺをお願いします」

 私が傍にいられれば一番いい。でもそれができないなら、同じだけ忠誠を誓っているとわかるこの男が一番信用が置けるのだ。悔しいことに、遺憾なことに。
 だって彼なら、彼女のために命を投げ出すことができる。私と同じように。

「……分かっている」

 その言葉を聞き届けると、安心感と満足感が私の胸を満たす。
 そうして、私はさらに力強く踏み出した。嫌な予感を感ているせいか、野田にガラにもない頼みをしてしまった。
 ゆりっぺのためとはいえ『不安だから』と彼に弱いところを見せてしまったことを、少しだけ後悔した。


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