もう、誤魔化せない
手持ちの武器に長槍を選んだのは、対抗する為だった。
私が戦線に加わった時に、ゆりっぺの隣で控えていた長い斧――後にハルバードという呼び方を知ることになるが、それを携えていた野田への当てつけだった。
負けない。その気持ちを原動力に、私は長槍をもってゆりっぺの隣に控えるようになった。
「貴様は役に立たん。ゆりっぺには俺で十分だ」
ぽつりと、白い空間に立っていた野田がそう言った。
ああ、その通りだ。私はゆりっぺを守れない。いつも野田が守っているから、私はいつもフォローされてばかりだ。
「邪魔だ、消えろ」
まっすぐ見据えて言われる。
ただしいのに、胸が痛む。頭に銃弾を受け、引き裂かれるような痛みを受けた、あの時よりも。
それよりずっと気が触れた気がして、辺りの白が目の前に広がって。野田の姿すらかき消していく。
ああ、なんて残酷な――。
(――夢か)
開けられた保健室の窓からは、白い光と優しい風が入ってきて、やわらかなカーテンを揺らしている。
目覚めとしてはいい景色なのに、気分は最悪。
分かっていても、夢の中だとしても、ああ真っ正面から言われると堪える。
「――起きたか」
「野田!? いっ……たぁ!」
隣の椅子に腰掛けていたのが野田で、驚きに顔をゆがめると――ずきりと右側頭部が痛んだ。
「よほどの深手だったのだろう。まだ治りきっていない」
「ああ、どうりで……」
銃弾を受けて脳汁をぶちまけたのが治るのは、さすがに時間がかかるらしい。
いまがあの戦いからどのくらい経ったか知らないが、そんなことよりも気がかりがある。
「ところで、ゆりっぺは無事ですか?」
「ああ。既に傷も癒えた。問題ない」
「そうですか」
ほっとすると、自然と笑顔がこぼれる。
私のその顔を見て、野田はびくりと肩を震わせた。気まずそうに自然を右下に落として、自分の手を握る。
「……どうしました?」
私が問いかけると、野田は弾かれるようにこちらを見た。
それから宙に視線を漂わせると、彼にしてはどこか弱気な表情で嗚咽を漏らす。
「――言っておくが、これは不本意だ!」
そう言った次の瞬間、私はたいそう驚かせられた。
彼の腕がこちらに伸びてきて、抱きこむように引き寄せられたからだ。
「野田……?」
「貴様の眼が撃ち抜かれる所を見て、なぜ俺のハルバードはこんなに短いんだと思った」
頭を引きちぎるような痛みを思い出す。
代わりに開いていた左目で見た野田の顔は、果たしてどんなだっただろうか?
「貴様がゆりっぺを優先した時、何故自分を助けろと言わないんだと思った」
「何を言ってるんですか、わかってた癖に。あの状況じゃ無理ですよ」
「貴様が言ったら、気合いで届いていたかもしれん」
「無理ですから」
私がばっさりと切り捨てると、彼はうっと言葉を詰まらせる。そうして、意地になるかのように、私を拘束する腕に力を籠める。
「不本意だが――悔しかった。貴様に迷いなく腕を伸ばせなかった自分も、お前に助けろと言われなかった事実も」
「でも、私はよかったと思ってましたよ。ゆりっぺを選んでくれて」
根底はそこにある。すべての行動と勘定の優先はゆりっぺだから、野田が彼女を選ばなかったら、私が意地でもあの場で野田を殺していただろう。
それでも、野田がゆりっぺを抱きかかえた瞬間――感じたことがあるのも事実で。
「よかったけど、悔しかったです」
「ゆりっぺを自分が助けられなかったことがか?」
「それもありますが……素直に助けてと言えなかったことと、野田に抱き寄せられる彼女の場所が」
「!」
「最後のは、悔しかったんじゃなくて――"羨ましかった"のかもしれませんが」
あの景色を見た瞬間から、わかっていたんだ。
この人が私を抱きしめた時には、選ばれなかった時に感じた感情の意味の答え合わせができてしまった。
「……その先は言うな」
「何故です?」
「俺が先に言うからだ」
抱き寄せていた体を少し話、野田は私の両肩をやんわりと掴む。
そうして、まっすぐにこちらの眼の奥をのぞき込んだ。
「、貴様が好きだ。不本意ながらな」
そのまま流れるようにキスをされるが、私は拒まずにそれを受け入れて、彼の肩に腕を回す。
一度離れると野田は落ち着かない様子で私を見るので、今までの仲では見せることのなかった笑顔を彼に見せてあげた。
「私もですよ、野田」
もう、誤魔化せない
(ごまかさない)