人と同じことが嫌だった。人と違いものが好きだった。だから、隣に座った人と同じ体勢でいるのは嫌だったし、流行になんて乗りたくない。人のいう『普通』に当てはめられるのが嫌で、日常よりも非日常が好きだった。ただ、現実がそう上手くいかなかっただけで。
 だから、悔しいことに普通に終わったその日、地下鉄でフット軍団に襲われた時はやった!と思った。思ってから、全然嬉しくないことに気が付いた。非日常は嬉しいけど、死ぬのは嬉しくない。途端に向けられた銃に恐怖がにじみあがってきて、泣きそうになった。というかちょっと泣いた。

「ご乗車くださああい!!」

 聞きなれた電車音と、聞きなれない楽しそうな声。一気に落ちる駅のライトに、通過する電車内の灯りだけがチカチカと視界を照らす。そして私の目の前の銃は横から飛び込んできた何かになぎ倒されて、目の前から消える。
 消えた銃の代わりに、たなびく蒼が、目の前を横切った。
 まるで動きの少ないフィルムを見ているかのように、その姿は私の目の前を通り過ぎると、次々にフット軍団をなぎ倒して、そして工事中のイエローシートの中へと消えていく。人々が大騒ぎして逃げ出している中、私は目の前の光景が忘れられずにただ立ち尽くしていた。

 ――暗闇の中をたなびく、コバルトブルー。

 それが、私の頭のすべてを占領していた。


   *  *  *


 その後の私の人生の充実さときたら、言うことなしの楽しさだった。調べられるものは調べつくし、行けるところには行き、集められる情報は片っ端から漁りつくした。被害を受けた人の元へ菓子折りを持っていき話を聞く。どんな体型、どんな声、どんな姿、どんな動き。聞けることは全部聞いたし、些細なことでもなんでも集めた。ただし、被害男性のパンツの色は心底いらない情報だったと思う。

(あとは根気と運……!)

 情報は調べつくした。エリアも特定した。後はただ運を天に任せるだけだと私は夜のマンハッタンを歩き回った。
 時間は必ずといっていいほど夜。場所は郊外より都市部に多く、事件があって人が困るところ。そういったところに似たような正体不明の人物が現れるという情報を得た。つまり治安が悪くて危険で、そして何か犯罪が起こりそうなところ。そしてそんな場所を練り歩き――

「お嬢ちゃんさ、いいとこの子でしょ?ちょっと遊ばない?」
「ね、これくらいの子の下着ってどれくらいで売れたっけ?」
「俺そっちの相場しらねぇから」
(こ、こうなりますよね……!)

 やっぱり、喜ばしき非日常も命の危険が迫ってくると勘弁して欲しい気持ちになる。意気揚々と歩き出したのはいいけれど、人相の悪いお兄さんたちに囲まれ、後ろは壁、前左右はお兄さんたちと、完全に詰みの状態だ。

(実は私、日常の方が好きだったんじゃ……)

 ここにきて、あの非日常好きがただの反抗期だったのではないかと気が付いても時はすでに遅し。私の両手は左右のお兄さんたちにがっちりとホールドされ、手に持っていた手帳を取り落してしまう。前のお兄さんは下卑た笑いを浮かべて私の手帳を踏みつけた。

「ね、遊んでこ?優しくするからさぁ」
「ひっ……!」

 ついさっきまで壁にスプレーアートでもしていたと思われる、シンナー臭いガサガサの指が頬を撫でた。ぞくりと寒気が走って、気持ち悪さに顔を背ける。私があまりに気持ち悪そうな顔をしていたのだろう、目の前のお兄さんは怪訝そうに顔を歪めた。

「なんだその汚ねぇものを見る目。これだから綺麗なお嬢さんは――」

 ――ズドン、と上から突然落ちてきた重いものにつぶされて、目の前のお兄さんは地面に倒れ伏す。その光景があまりに見覚えがあって、さっきとは違う意味で私は背中がぞくりとした。ずっと思い求めていたコバルトブルーが、今度は上から下になびいている。

「その手を離せ」

 振り返ったその姿は完全に「ヒト」ではなかった。そのことを即座に察知した左右のお兄さんはあっという間にその場から立ち去っていく。
 残されたのは、腰が抜けた私と、コバルトブルーの彼と、そして地面に伸びてるお兄さん。
 茫然と座り込んでいると、目の前にすっと手を差し出された。よく見ると、指が三つしかなくどれも太くて堅そうな印象を受ける。

「立てるか?」

 なにを言っていいかわからず、ただ首をぶんぶんと左右に振ると、そのヒトは私の手を取って半ば無理矢理立ち上がらせてくれた。触れた手は硬いけれど、普通に温かかった。

「きみくらいのお嬢さんがこんなところをうろついていたら危ない」
「……はい」
「今日のことは……俺のことも含めて忘れて、もう二度とこんなところに来ないように」

 ふわりと風が吹いて、コバルトブルーがはためいた。
 それに目を奪われて顔を上げると、私はそれが彼の目を覆っているハチマキなのだと初めて気が付いた。そのまま、彼の目がすごく綺麗なこと、彼の顔が整っていること、そして……こちらを安心させるように優しく微笑んでいることに気が付く。

(私が探していたのは、非日常じゃなくて、もしかして……)
「きみ、大丈夫か?困ったな、せめて大通りまでは……」

 辺りを見回した彼の服の裾を掴んだ。消えないように、逃げないように握り占めて……真っ直ぐに彼を見た。私の行動に彼も動揺したのか、微笑んでいた顔が困ったものに変わる。そんな彼に向かって、私はたくさんの空気を吸い込んで、言葉と一緒に吐き出した。

「貴方を、探してたんです!」

コバルトブルーを追いかけて

(この感情は非日常への興味じゃなくて、もしかして恋と呼ぶのではないだろうか)