「もうマイキーとはおしまいよ!さよなら!」
「そんな、……!待って、僕が悪かったよ!」
「そんなこと言って、本当はあの女の方がいいんでしょ!もううんざりよ。マイキーを信じ続けるのも限界……!」

 立ち去ろうとした私の腕を、マイキーが慌ててつかんで引き留める。一回り以上大きな腕に、強い力で引っ張られ……私の体は半強制的に彼の腕の中に収まってしまう。
 力強く、乱暴だけどどこか優しく包み込まれ、胸の奥がとくんと鳴った。いつもおちゃらけているマイキーとは思えない、真剣な瞳がまっすぐに私を撃ち抜いた。

「本当だよ。誓って、僕には君しかいないんだ……」
「マイキー……」

 視線だけで、目を閉じるように促される。マイキーはキリリとした表情で、私を待っていた。私のキス待ちを、待っている。
 そのとき、さっきのときめきはどこへやら……胸の奥がすっと冷めるのを感じて、手のひらでマイキーの顔を可能な限り鷲掴みにした。

「うぶっ!ちょ、ちょっと!」
「……飽きた」
「……あれ?もう寸劇終わり?」

 リビングの真ん中で抱き合っていた私とマイキーを、ソファーに座りながら眺めていたドナが首を傾げた。その隣でマンガを読んでいたラファも、視線をこちらに向ける。

「……今回はなにしてたんだ?」
「最近流行ってる『浮気性だけど野獣系彼氏』」
「……それ、流行ってるのか?」

 私の答えに、刀の手入れをしていたレオが訝しげに横やりを入れてきた。世間で流行っているかは知らない。ただ、私とマイキーの見ていた最近のドラマの傾向からそう判断しただけだ。

「ぶはっ!は飽きっぽすぎ!」
「だって、ラストはいつもキスエンドじゃん」
「なんで!?ラストは濃厚なディープキスって決まってるじゃん!」
「えっ、僕たちここで見続けてたらディープキス見せられたの?」
「危ねぇ……」

 失礼な外野の声を聞き流して、いつまでも私の腰をつかんで離さないマイキーの腕からするりと抜け出す。不服そうなマイキーは、後ろから私の両肩に手をおいて、こちらをのぞき込んできた。

「それじゃあ、次はなににする?どんな設定?」
「もう大概やりつくしちゃったからなぁ……」

 18歳に満たないマイキー相手に、できることは大体やりつくした気がする。ドラマを真似て、いろんな設定で演技して、ちょっと色っぽくなったり乱暴になったり、はたまた紳士になったり。そしてラストは、唯一許しているちょっと大人なキスでエンド。
 バードキス、スライドキス、バインドキス……未成年にちょっと刺激が強いくらいのキスを嗜んだマイキーはすっかりその味を占めて……この茶番の最後には必ずそれを要求する。

(マイキーのキス待ちを待つ顔、見慣れちゃったんだよね……)

 はぁ、と大きなため息をつくと、真後ろのマイキーは「えっ、なんでため息ついたの!?」と慌てだす。

「なにか新鮮ないい案はありませんか」
「……それ、俺たちに言ってるのか?」
「誰がおまえ等のディープキスを見るためにリクエストするかよ」
「ちょっとラファ、どういうこと!?キスしてるときのは最高にかわいいんだからな!」
「知るかよ!!つか知りたくねえよ!」

 ぎゃいぎゃいと顔をつきあわせて喧嘩を始めたふたりを放っておいて、私はドナテロとレオナルドの真ん中に座り込んだ。興味のなさそうな二人を見比べる。

「なんか、ワンパターンになりすぎて」
「刺激が欲しいってこと?」
「まぁ、そんな感じ?新鮮さが足りない気がする」

 欲張りかなぁ、なんてつぶやく私にドナテロは心底どうでもよさそうに「そうだね。今夜の夕飯何かなぁ」と返事をした。メガネ割ってやろうか。
 そんな無関心なドナテロとは正反対に、レオは顎に手を添えて真剣に考えてくれる。持つべきものは生真面目な長男である。女性の扱いが下手なのがたまにきずだが。

「日本の格言に、こんな言葉があるらしい」
「……ほう?」
「『引いてダメなら押してみろ』……あれ、逆だったか?」
「ほほう……?」

 引いてダメなら押してみろ。私はその言葉を何回か頭の中でリピートした。いつもなら、男であることを加味してマイキーにリードを任せていたけれど……つまり、私から押せばいいということだろうか。

「……!」

 頭の中で、電球が光る。

「レオ、ありがとう!」
「……ん?ああ」

 私が笑顔を浮かべて立ち上がったので、ドナとレオはそんな私を目で追う。軽い足取りで近づき、ラファと喧嘩しているマイキーの腰のジャンパーを引いた。

「ん?どうしたの、
「マイキー……失敬!!」

 ソファーに向かって中腰だったマイキーを、突き飛ばす。予期したラファがひらりとソファーから退くと、呆気にとられたマイキーの体はあっさりとラファがいた場所へと転がった。退いたラファと、レオと、ドナの目が驚きで軽く見開かれる。

「いったーい!何するんだよ、……」

 ソファーに仰向けに転がったマイキーを、またぐように馬乗りする。いつもと違う雰囲気を察したのか、彼はごくりと唾を飲み込んだ。またぎきれていないせいで、腹甲の上にのしかかる形になるが、そんなことをお構いなしに私はマイキーに迫った。

「マイキー」

 彼の両頬を包み込む。名前を呼ぶ私の声に妖艶さを感じたのか、マイキーは緊張で表情を堅くした。ゆっくりと瞳が近づき、近づく度に彼に私の体重がかかる。吐き出す吐息が触れて、とくんとくんと胸が早鐘を打った。
 唇を重ねるためにかすかに開いたマイキーの口を、両手でバツを作るように塞ぐ。驚きに目を見開いた彼に、さらに近づいて……鼻先が触れるまで近づくと恥ずかしくなったのか、ついにマイキーは目を閉じた。

 そこですかさず、私たちの距離をゼロにする。まつげがふわりとマイキーのまぶたに触れた。残念ながら彼にまつげはないので、私だけが触れておしまい。

「……はい、おわり」
「…………」

 封鎖していたマイキーの口を解放して、私は身を起こした。
 場はしんとしていて、全員が私の方を見たまま顔を紅潮させて固まっている。

「やばい。今の、ただのキスより甲羅堅くなっちゃいそうなんだけど!!」

 相変わらずソファーでひっくり返ったままのマイキーが、顔を覆ってもだもだと転がっている。なるほど、引いてダメなら押してみろ。確かに効果はあるかもしれない。

「バタフライキスっていうんだよ?どう、こういうのもいいよね」

Butterfly high

(未成年にはちょうどいい)