駅から出ると、満天の星空が輝いていた。
辺りの建物があらかた背の低い田舎だからだろうか、視界いっぱいにそれが広がって輝いていて綺麗だというのに、私の心は深く沈んでいた。
「乗り過ごした、なー……」
上司にいびられ、仕事は失敗し、それでも何とか勝ち取ったつかの間の週末を楽しもうと、終電近い帰路の電車に駆け込んだ。座れたものの、金曜日ということもあり酔っぱらいに絡まれたが、眠ることでその難を逃れた……結果がこれだ。
「……お風呂に入って、寝ようと思ったのに……」
終点まで寝てしまい、次は朝の始発だ。辺りに泊まれそうなホテルもなければ、コンビニもないし、これは路地のベンチで寝ろという天の啓示なのだろうか。だとしたら、神様はあまりに残酷だった。
(もう疲れた……)
誰もいない駅前で、疲れきった私は膝を抱えてしゃがみ込んだ。満天の星空なんて、そんなお綺麗なものを見る気分じゃない。胸の中はどろどろのぐちゃぐちゃで、もう全てを投げ出したいくらい憂鬱な気分なのだ。
不意に、車のエンジン音が聞こえて私は顔を上げる。
「タクシー!!」
出費は痛いが、今はお金より休息だ。通り過ぎようとした車をタクシーだと疑いもせず、私は立ち上がって親指を立て……そして、その車を真正面から見た。
見覚えのある緑の塗装。少し派手で、彼らの体格にあわせて少しだけおおきくつくられたワゴン車。その運転席側の窓が開いた。
「、お疲れ」
「……ドナ、どうして……」
「いいから、入っておいでよ」
手招きをされ、呆然としながらも助手席側の扉を開けた。助手席には、温かくて柔らかいブランケットが丸めておいてある。これは完全に、色々見越されている。
私は座席の後ろに鞄を放り投げ、ちょうどいい柔らかさのシートに身を沈めた。助手席の扉が閉まったのを見送って、ドナテロは車をゆっくりと走らせ始めた。
「昨日会ったとき疲れてたから、絶対こうなるだろうと思って」
「……エスパーかなにか?」
「そうだね。限定のエスパー。きみのことなら何でもわかる」
すっかり運転が板に付いたドナテロが、軽口をたたきながらこちらを見て勝ち誇ったように笑った。私はそんな彼を見て小さくためいきをついた。もちろん、落胆の意味合いなどではなく、感嘆の意味だ。
「エスパー最高……」
「えっ。そこは、僕が最高なんじゃないの?」
「うん、ドナテロ最高」
疲れきった私が珍しく素直にそう褒めると、彼もその反応が予想外だったのか困ったように頭をかいて「そ、そう……?」なんて戸惑いながらはにかんだ。
「もう、仕事がさんざんでさ……」
「うん」
「あの上司、本当にあり得ない。なにもわかってないのに、好き放題言って……」
そこまで言って、私は我に返って両手で口を塞いだ。せっかく迎えにきてくれた相手に、早々愚痴をこぼすなんて。かわいげのある女なら、ここで迎えてにきてくれた最高の相手を褒めるべきなんだろう。
気を悪くしてないか気になった私は、まっすぐに夜道を見据えているドナテロの横顔を一瞥した。
「……え、続きは?」
「……ない。この話は終わり」
「うそ、絶対続きあるよね?どう考えても今の、話の冒頭でしょ?」
「わざわざ迎えにきてくれたドナに聞かせる話じゃなかった。ごめん」
口の前でクロスさせた手の隙間から、正直な気持ちがこぼれる。後ろめたさから、発した声は徐々に小さくなって、最後にはもにょもにょとよくわからない言語になって消えた。
そんな私を見て、何度か目を瞬かせたドナテロは小さく笑った。
「なに、どうしたの?珍しくしおらしいね」
それどういうこと、といつもなら言及しただろう。ただ、今日の私はそれすらままならないほど疲れていて……エスパーを発揮したドナテロが来てくれなければきっと、今頃あの駅前で一人膝を抱えて泣いていたかもしれないのだ。そう思うと、生意気な言葉の一つも引っ込むというものだ。
「本当に、うれしかったの」
窺うような声で、小さくつぶやく。それは紛れもなく本心で、素直な気持ちだった。
「……、可愛いね」
「いつもと変わんないよ。疲れてるから三倍ブサイク」
「いや、最高に可愛いよ」
器用に片手で運転をしながら、ひとまわり以上大きな手がやさしく私の頭をなでた。それがあまりに優しくて、泣きそうになったので……私はごまかすようにひざにかけていたブランケットを目元まで引き上げた。
「お疲れさま。明日は一緒にのんびりしようか」
布団の上でドナテロとぐだぐだする最高の朝を想像しながら、私はブランケットに隠れたまま何度も頷いた。