「どうして君はそうやってアバウトなんだよ!」
「す、すみません……」
いつもなら優勢なはずの私は、椅子に座っているドナの前で小さくうなだれた。彼のラボには、珍しく激昂しているドナの声だけがぐわんぐわんと反響して、お説教が何重にも聞こえてくる。それでも私は反論する事ができなかった。
なぜなら、今回は全面的に私が悪いからだ。
(だって、ドナが超高速の無線機作ってくれるって言うから……)
家にある無線の通信速度が遅すぎて仕方がないのだとドナテロに相談したら、「それなら可能な限り速い無線機でも開発してみよっか」なんて言うものだから、私は毎日指折り数えて待っていた。アホみたいに遅いアプリの起動も、一分一秒争うゲームイベントの参加もこれで思うがままだ。
そう心を躍らせてからしばらくして、ドナのラボに入った時……あまりに見つけやすい場所に回線機が置いてあって、どんなものか見たくなったのだ。好奇心に負けて、触れてしまった。その結果が今である。彼が散々「僕がOKっていうまで触っちゃダメ」と言い聞かせてくれたというのに、とんだ恩知らずである。
「この無線機は危ないから触らないでって言ったよね?起動が上手くいくって保証がないから発火する可能性もあるし、酷ければ爆発だってあり得たんだよ?やけどで済めばいいけど、その際に破片が飛んでそれ以外の怪我をするかもしれないし、それが目に当たったりなんかしたら失明だってありえたかもしれないのに君はどうして人の……いや、亀か……ああもうどうでもいいよ。とにかく話を聞いてくれないのかな!」
ヒートアップしているドナの小言は止まらない。一体どこで息継ぎをしているのかが心配になるくらい一斉にまくしたててきたドナの言葉を、私は死んだ魚のような目でとにかくひたすら聞き続けた。私に非がなければ逃げるところなのだが、今回は思い切り主犯で、あげく釘をさされたのにもかかわらず触れてしまったのだから逃げるなんて許されない。
「面目次第もございません……」
「そういうちょっと面白い言い回しで誤魔化そうとしないで。日本ネタが大ウケするのは多分レオだけだし、なにより僕は君のことを心配していたんだよ?わかってる?」
「はい、わかっています……」
「いいや絶対わかってない」
なら聞くなと心の中で盛大に文句を言うけれど、スイッチの入ったドナの喋りを止めるなんて、ピザの前でマイキーを1時間押さえつけているくらい面倒くさくて辛い。私はまた黙って、なんの面白みもないラボの床を見ながらドナの説教を聞くことにした。
「いい?機械のことは別にどうだっていいんだよ。図案は残ってるしある程度理解もできたしね。幸い、まだ三徹だから頭も冴えてるし、作ってからそんなに間隔が空いてないから、なんなら図案が無くても作ろうと思えば作れるんだよ」
(三徹は頭が冴えるうちに入るんだろうか……)
「だけど、きみはどう?機械は壊れたら直せばいいし、いくらでも同じ物を作れるし、代わりがいくらでも聞くよ。でもきみは、きみの身体は一つなんだよ?まぁ怪我は治療したら治るかもしれないけど、それでも痕が残るかもしれないし、っていうかそもそもきみの綺麗な柔肌に傷つけたくないというか。しかもそれが、僕の機械のせいとかになったらもうどうしたらいいんだよ!」
(……ん?)
大人しく床を見ながら話を聞き流す予定だった。だというのに、途中から話の流れが変わってきて、私は思いきり眉間にしわを寄せた。テンションのままに言い続けているけど、主題がずれていることに彼は気がついているのだろうか。いや、三徹だから気がついてないのかもしれない。
「もうそんなことになったら完全にみんなに締めあげられる。いや、僕が締めあげられることは割とどうだっていいんだ。大事なのはきみなんだ。僕の研究に興味を示してくれるのは本当にうれしいし、好きなきみとこうやって話せること自体もう僕にとって奇跡みたいなものだと思っているからできるだけきみのわがままを聞いてあげたいんだよ?本当だ。だけどさすがにきみが傷つくかもしれないことは許容できないというか許容するわけにはいかないと言うか」
頭上から懇々と降ってくる言葉の数々に、引き結んでいた唇が微かに震えた。顔がだんだんと熱くなって、脈を打つ音が頭の中にやけに響く。
(い、いま、すきって……)
頭の中で復唱すると、顔どころか頭の芯まで熱くなった気がして……正座していた身体を縮み込ませた。身体がこわばってどうにもいかなくなる。自分の言ったことに気がついていないのか、ドナは相変わらず懇々と私に説教を続けている。
「…そういうわけだから、きみはこれまで以上に気をつけて……って、、聞いてる?」
トンと肩を叩かれると、反射的に身体が跳ねた。私の手より二回り以上も大きな両手が私の下顎をそっと包み込んで……床ばかり見ていた視界が半ば無理矢理持ち上げられる。上がった視界が、不思議そうなドナを映し出す。そして彼は私の方を見るなり、まん丸だった瞳をさらに丸くさせた。
「えっ……??な、なんでそんな顔して……」
「だって、ドナがさっき……」
「僕?僕がさっきなにを……」
心底不思議そうな顔にイラッときて、私は下顎に添えられていた手を払った。彼の口元を片手で押さえてぐいぐいと離れるように催促する。
「言っとくけど、別にこれ奇跡じゃないから」
「えっ?……えっ?」
「私だってすきでドナと一緒にいるのに、奇跡とか言わないでよね!!でも心配してくれてありがとう!!」
眉間にしわを寄せたまま、怒りを含んだ声音で今度は私がまくし立てる。
彼に比べたら大したことのない文字数の発言だというのに、ドナは私の言葉を理解するのに時間がかかっているのかぱちぱちと何度も瞬きをした。最近わかったのだけど、こうしている時のドナは思考回路をフル回転させてるらしい。
「奇跡……好きなきみと……あっ!」
さっき自分が言った言葉を思い出したのか、さっきまで私に説教たれていた目の据わった彼はもうどこにもいなくなる。熟れたリンゴのように真っ赤になった顔で、勢いよく両手を振った。
「ち、ちがっ……!いや全然違わないけど、言うタイミングとシチュエーションをちょっとまちがったっていうか、今のは勢いで言っただけで、ああでも嘘じゃなくて!気の迷いとかじゃないんだよ!だって僕ずっと前からきみのこと好きだったし傷ついて欲しくないのは本当だ……ってなに言っているんだよ僕は!ああもうこんなときに言うつもりじゃなかったのに!!」