「レオってさ」
「……ん?」
「わりとチャラいよね」
「えっ」
私の発言に驚いた顔をしたのはレオナルド本人だけだった。
こちらを見ていたラファとドナは、まるで「地球って丸いですよね」と言われた時のような『さも当たり前』の表情のない顔でこちらを数秒みた後、自分の手ものと作業へと戻っていった。
顔をひきつらせているレオ以外の亀たちの手が再開されたので、部屋にはキーボードを音と、ダンベルを持ち上げたときの規則的な金属音が戻ってくる。
「と、突然どうしたんだ?」
妙に緊張感のある迫真の表情で、レオは私の肩を大きな手でつかんだ。わずかに前後に揺すられて、ソファーに座っていた私の体がメトロノームのように前後に大きく振れる。
「なにかきみの不愉快になるようなことをしたか!?」
「いや、まぁ……なんというか……」
「言ってくれ!!!」
揺らすのをやめたレオは、私があぐらをかいているソファーの前にひざまづき、今度は私の両頬をつつみこんでこちらをのぞきこむ。アクアマリンのような透き通った瞳が私をまっすぐに貫くものだから、私は気まずさに一人顔を背けた。
「レオ、すごいスキンシップ過多なんだもん」
「……へ?」
「スキンシップ多い!ボディータッチ多いの!!」
両頬を包み込んでいる彼の手を、ぺちぺちと叩いて訴えた。叩かれたそれは、アクアマリンが何度か瞬いた後に慌てて引っ込められる。
「レオはむっつりだからな」
「ラファ!!」
にやにやと心底楽しそうに両口端をつり上げたラファから横やりが飛んできた。思い出したようにドナも手を止める。
「そういえば、エイプリルと二回目に合ったときも、すごいがっつり肩抱いてたよね。半ば無理矢理引き寄せてたし」
「おい、ドナまで……!」
「へぇぇー……」
わざとらしく深い相づちを打つと、いつも冷静な彼はひどく慌てた様子でラファとドナと私に視線を巡らせてはどこから手をつけるものか困り果てていた。
「違う、違うんだ、!」
結局三人を見比べていたレオは、兄弟たちへの牽制よりも私への言い訳を選び、あちらこちらに奪われていたアクアマリンは私の目の前に帰ってくる。
「違うって?」
「あれは挨拶だろ!それに、あのときはエイプリルに逃げられたらまずいと思って仕方なく……!」
「その割にはノリノリだったよな」
「すごい息撒いてたしね」
「おまえ等!!」
彼はそこで、さっきの選択肢を誤ったことを思い知る。いくら船の中から水をかきだそうとも、船底に開いた穴を塞がなければかきだいても意味はないのだ。ラファとドナの牽制……つまり口封じをしなかったということはそういうことなのだ。
「うわぁ、そうだったんだ」
「!!」
「やだな、うそだよ。本気にしてないから」
「あんまりからかわないでくれ……」
はぁ、と深く息を吐き出したレオは、脱力して私の左肩に顔を埋めた。預けられた頭を抱えるように左手で彼の後頭部を撫でると、投げ出されていたレオの両腕が私の腰を引き寄せる。
(はっ……!)
――レオ特有の、甘えからのスキンシップスイッチが入った。
そのことをテレパシーのように察知し共有したドナとラファが、無言でこちらを見ている。ハンドサインで私が退避を命じると、二人は冷静に了解のハンドサインを指し示し、そそくさと揃ってドナのラボへと消えていった。
「……あんまりいじけないでよ」
「…………」
「レオのスキンシップがいやなわけないでしょ」
「どんなことでも?」
「ものによる」
「……そこはどんなことでも言ってくれよ」
「調子乗んな」
ぺしりと彼の後頭部を平手で打ちすえてやると、私の肩から顔を上げた彼の表情は、珍しく末弟のようなイタズラっぽい顔をしていた。
「」
なに、と声に出す前に、彼が身を乗り出した。
彼の手が私の前髪をかきあげて、無防備になったそこに触れる。
「のわっ!」
「色気のない声を出すなよ……」
「だ、だって……わっ!」
額に触れたそれが目の高さまで降りてきたので反射的にまぶたを閉じれば、防御力の薄いそこにも少し堅い彼の唇が触れる。真っ暗な視界で、いつどこに攻撃がくるかわからない恐怖に、自然と肩がこわばる。
「そんなに身構えなくてもいいだろ」
まぶたにふれたそれは、今度はもうすこし高度をおろして頬に、次に首筋に、その次に鎖骨にと徐々に降りていく。触れられるたびに心臓がどくんとひときわ大きく血を巡らせ、指の先まで脈が感じられた。
(あ、流される……!)
妙な対抗心で、私は目を見開いて彼の顔を押しやった。私の両手に口をふさがれるが、その手の下で彼の口が三日月型にゆがんだのが感触で伝わる。くぐもった声が聞こえてきた。
「いやか?」
こいつどこまで計算だったんだろう。亀のリーダーはやんちゃで優等生でまじめでノープランに見えて、こういうときだけちゃっかり知略を巡らせているからやっかいだ。にやつく顔が安易に想像できて、イラッとした。となると答えは一つだ。
「いやです!!!」
躍起になってそう返すと、彼の口を塞いでいた手を半ばむりやりどかされる。案の定、彼の口には三日月が浮かんでいる。
彼はいらだつ私の心境なんてお構いなしに、歯をむき出して敵意を示している私の口を物理的に塞いできた。