「、それはなに?」
「ん?これはAVだよ」
――ビシッ。空気がきしむ音がした。
リビングで思い思いにくつろいでいた亀たちは軒並み手を止める。止めると言うよりは止まってしまったという方が正しいのかもしれない。ひきつった表情三つ、唖然とした表情が一つ、こちらを向く。
「、それホント!?」
「ホントホント。本物だから」
いやっほう!そんな歓喜の悲鳴を上げながら、マイキーは読んでいたマンガを放り出し、すわっていたソファーの背もたれをなんなく越えてやってくると、私の手を取ろうとして――同じ三本指の手に叩き落とされた。
「いったい!何するんだよ、レオ!」
「お前はちょっと頭を冷やせ!というか、お前もだぞ、!」
「なんで頭を冷やすの」
「なんでってお前、それはだな……なんでそんな……そんなもの持ってきてるんだ!」
「AV?」
「ああ言うな!!もう言わなくていい!!」
私の横でマイキーの手を叩くレオは、つまみぐいしようとする子供の手をたたき落とす母親のそれにとても似ている。
顔が赤くなったり青くなったりしているレオの顔は、とってもマーブルでユニークだ。私はますますおかしくなって、手元のCDーROMの入っているケースで口元を覆い隠して笑った。
「だって生態を知ってもらうにはこれが一番でしょ?」
「いや、そうかもしれないけど……だが俺たちはまだティーンだぞ!?」
「エロ本を拾い読んだことがないと?」
「あるある!めっちゃある!」
「マイキー!!」
マイキーの答えの真相を知るため、ドナに視線をやれば、真っ赤になった彼は私に背を向けた。どうやら事実らしい。下水道なんてエロ本がドロップする穴場で、彼らが全く触れてないわけはないのだ。
結論づけたその答えに1人納得していると、目の前のマイキーがROMを持っている私の手を包み込む。
「一緒に見ようっていうお誘いってことは……つまり……」
ごくり、という唾を飲み込む音が聞こえる。緊張と期待が入り交じった瞳を見つめ返して、私はにこりと微笑んだ。
「いやったーーー!!大人の階段上るゥゥ!!!」
「だめだ!!俺は認めないからな!!」
「僕は何も見てない、僕は何も見てないし聞いてないし……」
「おい、なに録画ソフト立ち上げてんだ」
マイキーの歓喜の声を引き金に、リビングが一斉に賑わい始める。無邪気に飛び跳ねるマイキーがあまりにも可愛いらしくて、私は顔がにやけるのを止められない。そんな私をちらりと盗みみたラファは何かを察したらしく、片方の眉肉を訝しげに上げた。
そんな私とラファのアイコンタクトなんて気づきもせず、私の横にぴったりとくっついてきたマイキーに肩を抱かれる。やけにきりりと整った顔で、彼は流し目気味にこちらを一瞥した。
「……大丈夫。心配しないで、。とびきり優しくするよ」
「本当に?」
「もちろん。この中で誰よりも知識のある僕に任せてよ」
どんなにダンディでシリアスに言っても、ことのつまり、それはエロ本をこの中で一番読んでますというアピールなんだけど。
(……それをドヤ顔で自慢されてもなぁ。いいけど)
「それじゃあ行こうか、?」
力強く引き寄せられて、私はマイキーの腹甲に寄りかかる。頭を預けながら見上げた顔は、うずうずと無邪気な笑みを我慢していて……そのかわいさに、不覚にもきゅんと胸の奥が音を立てた。
「もうせっかちだなぁ。……でも、いいよ」
しなだれかかってそう返事をすると、マイキーの目の中がぎらりと光った。ああお年頃の野獣だなぁと私は他人事のように考えながら、彼に促されるまま歩きだした。
「というわけで、悪いね。ブラザー!おっ先~!」
「ちょっと待てマイキー!!話はまだ……」
「こんな昼間から始める気だなんて……外に避難した方がいいかなぁ」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ兄弟たちの声を聞きながら、私はこの後の甘酸っぱい展開を思い浮かべて口端をうっすらと持ち上げた。
* * *
「ね、ねぇ。ここにいたらまずいんじゃない?始まったら聞こえてくるかかもよ?」
「扉に耳つけながら言う台詞かよ」
「先生になんて説明すればいいんだ……」
一人はマイキーとが入っていった個室の扉に耳を当て、もう一人は眉間にしわを寄せてうろうろしている。そんな状況を見ながら、ラファエロは一人、止めていたバーベルを上げる運動を再開させる。
「どうせ心配いらねえよ」
「……どういうことだ?ラファ」
目を細めて大人びた笑みを浮かべたの顔を、ラファは思い出していた。端から見れば、彼女の儚くも色気のある流し目は、これからの行為を許容する菩薩のような慈愛の笑みだ。
しかし、ラファはあの顔を以前も見たことがあった。
(あの顔は、たくらんでやがる顔だ)
慈愛の笑みを浮かべているようで、あの笑顔は彼女なりのイタズラ前のわくわく顔なのだ。だからラファは、これからあの個室でどんな悲鳴が上がるかを知っていた。
「あーーーーっ!!」
マイキーの悲鳴に、ドナは驚いて飛びあがり、レオは目を見開いてその扉を荒っぽく開けた。すると、部屋の中では……
「これ、アニマルビデオじゃん!!」
「AVとは言ったけど、アダルトビデオとは言ってないよ」
「ひどいっ!僕の純情がもてあそばれたっ!」
嘆きながらも、マイキーはもてあそんだの膝に泣きつく。ラファは呆れながら視線を戻した。
(なんで騙した本人に泣きついてんだよ)
呆然としたレオとドナを横目に、ラファはこの後どうなるかまで予想がついていた。
騙したに泣きついたマイキーに、がキスして慰めるのだ。機嫌を直したマイキーは、を抱きしめてたくさんのキスを返す。落ち込んで立ち直るマイキーの様子を見ながら、はあの慈愛の笑みを浮かべるに違いない。
そこまで想像して、ラファは考えるのをやめた。