シュレッダーと対決したあの事件は、彼らを強く成長させたのだとスプリンター先生は言った。心も体も強く成長して、彼らは兄弟の絆を深めたのだと。
 しかし、体も心も成長していい経験になったのだとしても、それには傷という代償を支払っているのを忘れてはいけない。そして、彼らが私たち人間の命を救ったヒーローであることも忘れてはいけないのだ。
 だから私は、つい昨日救ってもらったヒーローにお礼をしなければいけない。

「というわけで、ドナテロカモーン!」
「……えっ」

 ひとり大量のモニターに向かって警備プログラムの修復作業をしていたドナテロに、私は両手を広げて声を張り上げた。
 私の大声に肩をびくんと跳ねさせたドナは、作業に集中するために聞いていたであろうヘッドフォンをあわててはずしてこちらに視線を向けた。彼がどれだけの音量で聞いていたかは定かではないが、それでも驚かせるほどの声量を出した自分がすごいと思う。

「あの、。カモーンって……なに?」
「ん?一つしかないじゃないの。Come on here!!」
「えっ?ええ……?」

 私の真意が見えないせいか、訝しげなドナがしぶしぶ椅子から立ち上がり。私の前までやってきた。
 首を傾げっぱなしの彼の手を引いて、横長のソファーに腰をかけるように促すと、警戒する小動物のようにきょろきょろと辺りを見回しながら腰を下ろす。
 残念ながら、疑問を正直にぶつけられないコミュ障のドナの代わりに、私に行動の真意を尋ねてくれる代理の兄弟たちはいない。彼らは、兄弟と信頼しあって協力することを条件に、外出が許される身分になったからだ。

「なに、なにが始まるの……?」
「まずは頭とか首周りとか背中の荷物下ろして」
「えっ」
「それから、歯を食いしばって目を閉じて」
「えっ!?それって殴る前の常套句じゃ……」
「いいから」

 私の笑顔に気圧されて、ヒェッなんて情けない声を出しながらあわてて荷物をおろしてはちまきを取る。ほかの兄弟たちと似てるけれど面長な顔が、怯えるようにぎゅっと目を閉じていた。純粋に可愛い。

「はい行くよ~」

 私は、用意していた容器のふたを開ける。握ると霧状に吹き出されるそれを構えて――容赦なく数プッシュドナテロに吹きかける。

「いっ……!!」
「目開けちゃだめだよ!目に入っちゃうね!」
「ちょ、いたっ!痛いっ!しみるっ!これ消毒薬……!?」
「そうそう」

 シュレッダーとの大きな戦闘と無茶な移動、そのせいで彼は体中のいたるところが細かな擦り傷、切り傷だらけになっている。人間とは違う皮膚の色で見逃しがちだが、私は見逃さない。
 普通の人間より頑丈にできているからって、彼らは過信し過ぎているのだ。

「ここは絆創膏、ここはそのまま、ここはガーゼ当てて……」
「あの、……まだ目は開けちゃだめ?」
「もうちょっと」

 手早くドナの傷の手当てをすませて、最後の箇所に絆創膏をはる。ぱちんと皮膚を叩くいい音を響かせてその箇所を叩くと、彼はちくりとした痛さにまた体をぴくりと跳ねさせた。
 まだ目を閉じたままのドナは、ソファーに座っているおかげで中腰の私とちょうどいい高さだ。まだかまだかと小さく繰り返す彼を、今度は正面から思い切り抱きしめてやる。

「うわっ……!こ、今度はなに!?プロレスごっこ!?」
「ちがいまーす」

 ラファやマイキーじゃないんだから。そう思いながら彼の首を抱きしめるように胸に押しつけると、私の胸元の彼から「フゴッ」という豚っ鼻な音が聞こえてくる。

「あ、ああああ、あの、……」
「んー?」
「んー?じゃなくて、その、あの、なにして……」
「なにって、褒めてんの」
「……えっ?」
「がんばったね~!お疲れ。ありがとう!よしよし!」
「…………」

 動揺していたドナテロは、私の言葉を聞いて大人しくなると、胸に顔を埋めたまま私の背に手を回した。胸元からくぐもった声がきこえてきた。

「……本当は、さ。すごい怖かった」

 背に回っていた手に力がこもる。

「銃も怖かったし、本気で戦うってどういうことか思い知った。やっぱり、みんなと手合わせするのと全然違う」
「……うん」
「血を抜かれるのも怖かったし、失敗したらマンハッタンが……って思うだけで震えそうで。それに……人間に悪意を向けられることそのものが、一番怖かった」

 ぎゅうと力を込めて、よりいっそう私の胸に顔を埋めた。甘えているドナを見て、ああこんなにでかい図体だけど、この子はティーンなんだなと実感する。
 こんなに震えている手が、私たちの今を守ったのかと思うと愛しくて仕方ない。

「すごいよ、ドナは」
「……そう?」
「うん。だって私が今ここで息してるのはドナテロのおかげじゃん?」
「でも、あれはレオたちも……」
「いいんだよ。みんなで一人前なんでしょ?なら兄弟たちの手柄もドナテロのものじゃん」

 顔を上げたドナテロが、ふはっと噴き出した。

「なにそれ、横暴」

 文句を言いながらも笑うドナの顔は爽やかなものに戻っていて安心する。

「頑張ったきみに、実はご褒美があります」
「ご褒美?」
「そう!じゃじゃーん!」

 足下に隠していた箱を、器用に優しくソファーの下から蹴り出す。
 その箱を見るなり、ドナは私からばっと離れてその箱を素早く拾い上げて掲げた。

「こ、これ!あのスイーツ店の数量限定の……ッ!」

 鼻息を荒く、外箱を眺めるドナテロの目はきらきらと輝いている。やっぱりティーンだ。うれしそうで何よりだ。でも、一つだけ不服なことがある。

「食べていいの!?、ねぇ、今……」
「…………の方がいいのか」
「えっ?」

 さっきまでの穏やかな気持ちがどこかに消えて、胸の奥からは嫉妬という怒りがふつふつと沸き上がる。
 きらきらしているドナの顔は本当に可愛いが、それよりも……

「やっぱり物理か!私のお胸様よりスイーツの方がうれしいのかーッ!!」
「ええっ!!」

 さっきまで胸に顔を埋めていたことを思い出したのか、ドナの顔色がさっと朱に染まる。胸を叩いて主張する私と、掲げたスイーツの箱を何度も何度も見比べるドナは、今にも目を回しそうだ。

「さっきご褒美っていったじゃないか!」
「それとこれとは別だよ!!私の胸とスイーツ、どっちのほうがいいの!」
「フゴッ!?そ、それは……」
「ドナは私の胸とスイーツ、どっちで甘やかされる方がうれしいの?」
「年上なのに子供みたいなこと言わないでよ!」
「どっち!!!」

 ドナテロの言葉を無視して、私は両手を広げた。
 彼はスイーツの箱を見て、私を見て、箱を見て……それから、とぼとぼと箱を置く。頬を真っ赤に染めて、恥じらいの涙を目尻にためたドナが、こちらを見ている。
 その姿に私の心は一瞬で満たされて、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「Come on ドナ!」

ingulge yourself

(助けられたお礼というより、私が甘やかしたいだけなのだ)