「……やめればいいのに」
「絶対ヤダ」
両頬を腫らせたマイキーが頬を膨らませるが、果たしてそれは頬が膨らんでいるのかただ腫れているのか判断がつかない。顔を真っ赤にし、目の回りに痣をこしらえたマイキーは、自分の枕を抱えたまま、頑なに私の隣……ベッドの上から動こうとしないのだ。
さぁこれから就寝だというタイミングで、ここ数日は毎日そんなやりとりをしている。隣で寝る、いややめた方がいい。この繰り返しだ。
「そろそろ死んじゃうぞ」
「ワーオ、のベッドの上で死ぬの?なんだかエロティックだね!」
(性的ではなく、物理で死ぬことはエロティックなんだろうか……)
私は寝相が悪い。寝るという限りなく防御力がひくい状態の相手に、物理的攻撃を無意識下で加えてしまうという意味合いで、寝相が悪い。
女子としてこれ以上なく、凶暴かつ凶悪だと自分でも思う。相手に敵意があろうがなかろうが発動してしまうスキルは、私自身で制御不能なのだ。
――その事実が発覚したのは、恋人であるマイキーが添い寝を要求してきたことに始まる。
恋人らしい行為を片っ端から試してはその幸せに浸る日々。そんな中、課題として降ってきた「添い寝」。この行為が「ベッドをともにする(エロティックでない意味で)」ということで、マイキーは最初たいそう喜んだのだが……
――喜んだマイキーの希望を、私が一夜にして粉々にしたのである。
「ぎゅーっと抱きついてもだめ、縛ってもだめ……はいったい何と戦ってるんだよ!」
「さ、さぁ……」
ラブロマンスならば、愛の力ですべてが解決するのだろうが、現実ではそうもいかない。私の睡眠時の臨戦態勢、全力の攻撃は恋人相手にも容赦なく発動される。
もはや意地の張り合いと化しているマイキーは、様々な方法で私との「添い寝」を成功させようと必死だが、なかなか成功しない。
そうして、今夜も狭いベッドに並んで押し問答していた。
「……諦めればいいのに」
「え?」
「だって、痛いでしょう?」
話が平行線のまま終わりが見えなくて、腫れたマイキーの目元にそっと手を伸ばした。亀特有の緑色の肌に埋もれているが、痛々しい青あざに心が痛む。
諦めてほしいのは、これ以上マイキーに傷ついてほしくないからだ。恋人を傷つけるくらいなら、いっそ自分を殴りたい。それでも、無意識化の体が言うことを聞いてくれないのは悲しくて、何より悔しかった。
「マイキー、もうやめよう?」
押し問答の時とは違う、諭すようなトーンで告げる。
(気持ちは嬉しいけど、さすがに……)
申し訳なさから目を伏せると、マイキーの目元に触れていた手にふた周りほど大きな手が重なった。
「いやだ」
「マイキー!」
「へっへーん、悪いけど、諦めないよ?」
顔をあげると、青あざをこしらえながらも勝ち誇ったように笑うマイキーの笑顔。妙な自信に満ちたスカイブルーの瞳が、キラキラと瞬いている。
「せっかく人間より頑丈なタートルなんだから、まだイケるって!」
「でも、青あざ……」
開きかけた私の言葉の続きを、触れるだけのキスが奪った。
「やってみたいことがあるんだよね」
「やってみたいこと……?」
「朝起きて、のこと腕枕するんだよ!で、早く起きようってに言うんだけど、があと5分~って言って起きないの。腕枕してるから僕は起きれなくて、二度寝!」
どうよ!と、マイキーが胸を張る。恋愛ドラマの見すぎとばかりの王道シチュエーションだ。それでも、楽しそうなマイキーの顔を見ると、どうしてもやってみたくなる。
「……マイキーがそんなスマートに起きられるとは思えないんだけど」
「そ、それはこれから練習するし!」
練習できるものなのかと疑問に思いながらも、自然と笑いがこみ上げる。噴き出した私を見て、マイキーが照れくさそうに笑いながら鼻をかいた。
不思議と、もう添い寝を拒否する気にはならなかった。
「ボコボコになっても知らないよ?」
意気込む私の横にマイキーが横たわる。二人で寝ることを想定されていないベッドは狭くて、私はそっとマイキーに寄り添った。さっき言ったことをさっそく実現しようと、マイキーが私の頭の下に腕を差し込んできたので、そこに遠慮なく頭をおろした。
「僕との愛の力なら大丈夫!」
その自信はどこからわいてくるのか。わからないけれど、マイキーの不屈の精神と下心を見ていると、不思議と本当に何とかなってくる気がして……気恥ずかしいながらも『愛の力』とやらを信じてみようと思いながら、私は目を閉じた。