病気でもないのに胸が苦しい。呼吸も上がっていて、駆け出したくなるような、叫びたくなるような…そんな衝動が腹の底からせりあがってくる。ああもう何これ何これ!何なのよ!と、私は心の中でかなり荒れていて、誰も何も言ってもいないし聞いてもいないというのに耳を手で塞いで首を激しく横に振った。
 そんな私の妙な挙動を見て、私の左右に座っていたマイキーとドナがこちらをのぞきこんできた。

、どうしたの~?」
「なんでも!ないから!!」
「なんでもない挙動じゃないと思うんだけど…」

 二人の言葉を聞き流して、私は視線を前に向ける。衝動の原因と思わせる存在――赤色の鉢巻をした一匹の亀――は、私の目の前で長男と取っ組み合いの大喧嘩寸前だった。
 そのおかげで彼の視線が私に向けられていないことが唯一の救いであり、不満の要因でもあった。わざわざエイプリルと遊びに来たというのに、彼は仕方のないことで長兄と取っ組み合ってばっかりで、少しもこちらを見てくれない。
 だというのに、私の激しい動悸はさっきから止まらない。諸悪の根源もわかっていて、目の前にいるというのに謎の症状は悪化するばかりだ。激しい動悸は治まる気配すら見えなくて、私はまたぶんぶん意味なく顔を左右に振った。いら立ちが募る。こっちを見ろと叫びたい。

「…………」
「エイプリル、がおかしいよ。…なんで?」
「気にしないで、彼女は病気なの」
「えっ!なら治療してあげないとダメなんじゃ…」

 ドナとエイプリルがそんな会話をしているともつゆ知らず、歯をかみしめながらラファエロを睨みつける。長兄との喧嘩はまだまだ終わる気配を見せない。

「いい、ドナ。この病気は、診てあげられる人が限られてるの。ねぇ、ラファ!」
「…あ?」
「…………!!」

 エイプリルの一言に、ラファがこちらを見た。その鋭い視線は最初、私の後ろの美女を見ていたけれど…私の顔が引きつっているせいか、訝しげな視線はすぐに私の方に向けられる。どくんと動悸がまた大きくなった。

「なんだ」
「私じゃないわ。が用事があるみたいなの」
「んなっ!ななな、なんでもない!なんでもないから!!」
「…なんでもない癖に、なにテンパってやがる」
「テ、テンパってないし!」

 私の言動が気に食わないのか、ラファはムキになる私をみて訝し気に眉を寄せた。私はこれ以上ひきつった顔を見られないよう、両頬を押さえて彼に背を向ける。座っていたソファーの背もたれと向かい合い、そこに顔を埋めた。
 今までいい友達のように思っていた。自覚なんてなかった。ただ、ここに来るまでにエイプリルが私に言ったのだ。

ってラファのこと好きなんでしょう?』
『えっ…?』
『いつもお土産はラファエロの好みだし、ずっと目で追ってるじゃない』

 言われて意識したらだめだった。無意識の時はあんなに近づいたりどついたり、からかったりできたというのに。今や視界に入るどころか、考えるだけでドキドキが止まらず、もはや普通に喋ることすら困難だった。知らなかった。私がこんなにラファエロのことを好きなんて、自分のことだというのに知らなかった。

「おい、聞いてんのか
「え!?」

 頭の中がパニックで、呼ばれるままに振り返ると…目の前にはラファエロがソファーの前にどっかりと座り込んでいた。わざわざ視線を合わせているのか、彼との距離がやけに近く感じる。
 ラファの発言を何も聞いてなかったせいか目を丸くする私を見て、小さく彼がため息をついている。
 気がつけば左右に座っていたマイキーとドナも、私の後ろにいたエイプリルも、いつの間にか私の周りから散開していて、ラファの背中の向こう側でにこにこと笑みを浮かべていた。

「…今日のお前はなんなんだ。変なもんでも食ったのかよ」

 むしろなにも食べてない。ラファのことを想って喉も通らない。せっかく買ってきたピザも、ポテトも、コーラだって、なにひとつ食べる気がしないのだ。ラファエロを見ているだけで私はお腹いっぱいになっている。いや、胸いっぱいになっている。

(想って食事もままならない…どこかで聞いたことがあるような…)

 心臓の動悸をBGMに私の頭は冷静なの混乱しているのかサッパリ分からないままくるくる回っていた。目の前の訝し気なラファエロが私の返事を待っていることを思い出し、なにか返事をしなくてはという強迫概念からとにかく言葉を吐き出した。

「食べてないよ、なにも食べてない、ラファのせいで何も食べれないよ!」
「…は?」
「ラファのこと考えると何も食べれないの!」
「…おい、それは…」

 少し驚いたようすのラファエロが私にゆっくり手を伸ばした。ラファの太く力強い三本の指が、そっと私のほほに触れた途端――私の頭はオーバーヒートして思考回路が爆発した。

「あ、あんた私に一体なにしたのよー!!」

 ここまできたら恋とか甘酸っぱいものどころじゃない!ラファエロが何か私にしたんだ、私の心臓に、私の心に何か仕掛けたに違いない!魔法か、媚薬か、洗脳か!
 そう思わないと私のオーバーヒートした頭はどうにかなってしまいそうだった。皆が見ているなんてお構いなしに、私は背もたれを飛び越えて走りだした。狭いこの家で、しかも彼のホームグラウンドで、逃げ切れるわけなんてないのに…それでも私は逃げずにはいられなかったのだ。

「待てコラ、!」
「いやです無理ですーーーー!」

心臓起爆装置

(逃がさねぇ!とラファが叫んで追いかけてくる。なんでそんなに楽しそうなのよ!)