「…わお」
ドナテロのラボに招かれ、その扉を開いた私は驚きで目を瞬かせた。
あたり一帯にはカラフルなパステル色の風船が敷き詰められ、壁のいたるところには折り紙で作られたと思われる輪っかが何重にも重なっている。正面のテーブルには、今まで置かれていたパソコンやモニターなどデジタル機器の類は一切取り払われて、そこに鎮座していたのは柔らかなクリームに彩られたホールのショートケーキ。その上には私の大好きなイチゴがところせましと並んでいて、その隙間を縫うように紫色のろうそくが灯りをゆらめかせていた。
ケーキの上に乗っているチョコプレートには、「Happy Birthday」の白いチョコ文字。
「ドナ、これって…」
振り返ると、私の腕の中に何かが押し付けられる。腕いっぱいに押し込まれたのは、昔からずっと気になっていた大きなクマのぬいぐるみ。子供っぽ過ぎてもう誰にも言えなかった、私の秘密の願い事。
腕の中のそれを抱えなおしながら見上げれば、私にそれを押し付けた長身の亀さんは眼鏡のブリッジを押し上げながら目をそらした。
「えーっと、本当はもっともっと、君の好きなものをたくさん用意するはずだったんだ。でも、やっぱり地下に住んでるといろいろと限界があって…」
私の目の前の亀さんは、指折り数えながらあれがないこれがないとつぶやき始める。一人の世界に入り始めたドナテロから視線を外し、私は部屋の中をもう一度見まわした。
子供らし過ぎてもうリクエストできない、手の届かない憧れの世界がそこには広がっている。
「……」
「…?どうしたの?もしかして、気に入らなかったとか…」
黙ってしまった私を、長身の彼は懸命に体をかがませてこちらをのぞき込もうとした。そして、私の表情を見るなり顔を引きつらせ、さっと顔を青くする。その要因は安易に想像できる。確実に、私の目から零れ落ちた涙が原因だろう。
「な、泣くほど嫌だった!?なんかごめん!君の好きなものを全部あげようと思ってあれこれ調べてたんだけど気持ち悪かった!?そうだよね!なんかごめん、僕きみの喜ぶ顔が見たくて、でもやりすぎた!これじゃあまるでストーカー…!」
一人でネガティブな思考ループに入ったドナテロの指を一本だけそっとにぎる。
ただそれだけの動作で、彼の喉からあふれ出かけていた言葉は、まるでその指がスイッチかのように塞き止まった。
私はぐずぐずと鼻をすすり、涙をぬぐいながらドナテロの指を引いた。
「ありがとう…」
「う、うん…」
「すごくうれしい…」
腕の中のぬいぐるみに涙が落ちないよう、必死に腕のそでで涙をぬぐう。
「ああ、だめだよ。そんなに乱暴にぬぐったら…」
ドナテロが空いているほうの手で、顔をぬぐっていた私の腕をつかんだ。涙で濡れて不細工になっているであろう顔を隠すことができなくなり、私はせめてもの抵抗に顔をそらす。
「…僕、君のことを喜ばせてあげられた?」
「…うん」
「…ホント?」
「…うん」
私が必死に首を縦に振れば、ドナテロも安堵したのか、こちらをのぞき込む笑顔がくしゃりと崩れた。
「そっかぁ…」
誕生日を祝われた私よりもうれしそうな顔。一瞬その顔に見惚れた私は、ドナテロの指を離し、その指に指をからませた。明らかに彼の指と私の指で本数が違うけれど、そんなことは気にならないほど――目の前の彼が好きだと、そんな想いが胸の中にあふれかえっていた。
「ドナ、もう一つだけお願いがあるの」
「なに?君が欲しいものなら、頑張って用意するよ?」
きらきらとした笑顔。私を喜ばせたくて仕方ない、と大きく顔に書いてある。そんな彼が、これからいうことを聞いたらどんな表情を見せてくれるだろうか。私はドナテロと同じ気持ちを抱きながら、不細工な顔でせいいっぱい笑っておねだりして見せた。
「私ね…一番、ドナが欲しいんだ」